・・・毎日五時になって、お八つがすむと、スクロドフスキー家の食堂の大テーブルの上には石油の釣燭台に灯がついて、さて、子供達の勉強がはじまります。キュリー夫人の伝をかいたエーヴは、彼女の尊敬すべき母の子供時代にあってその勉強時間の有様を次のように描・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・三本の燃えさし蝋燭のともっている燭台にはどれもお菓子の金紙や銀紙がはりつけられてある。洞の中には、燃える蝋の匂い、腐ったものの臭気、湿った地べたの匂いなどが一杯である。ぎごちない驚異の感情がゴーリキイをとらえた。然し、恐怖は起らない。サーシ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・そのくせ燭台の火はゆらめいている。螢が一匹庭の木立ちを縫って通り過ぎた。 一座を見渡した主人が口を開いた。「夜陰に呼びにやったのに、皆よう来てくれた。家中一般の噂じゃというから、おぬしたちも聞いたに違いない。この弥一右衛門が腹は瓢箪に油・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・石垣に沿うて、露に濡れた、老緑の広葉を茂らせている八角全盛が、所々に白い茎を、枝のある燭台のように抽き出して、白い花を咲かせている上に、薄曇の空から日光が少し漏れて、雀が二三羽鳴きながら飛び交わしている。 秀麿は暫く眺めていて、両手を力・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・差当り燭台に立ててあるのしきゃないのだから」と云うような事を言っている。楽屋の方の世話も焼いている人達であろう。二人は僕の立っているのには構わずに、奥へ這入ってしまう。入り替って、一人の男が覗いて見て、黙って又引っ込んでしまう。 僕はど・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・彼は夜ごとに燭台に火を付けると、もしかしたらこっそりこの青ざめた花屋の中へ、死の客人が訪れていはしまいかと妻の寝顔を覗き込んだ。すると、或る夜不意に妻は眼を開けて彼にいった。「あなた、私が死んだら、幸福になるわね。」 彼は黙って妻の・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫