・・・ おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。 馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・女性はあくまで女性としての天真爛漫であって、男性らしくならなければ、中性になるのでもない。女性としての心霊の美しさがくまなく発揮されるのである。 しかしながら涅槃の境地に直ちに達しられるものではない。それにはいろいろな人生の歩みと、心境・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そして桜花満開の時の光景を叙しては、「若シ夫レ盛花爛漫ノ候ニハ則全山弥望スレバ恰是一団ノ紅雲ナリ。春風駘蕩、芳花繽紛トシテ紅靄崖ヲ擁シ、観音ノ台ハ正ニ雲外ニ懸ル。彩霞波ヲ掩ヒ不忍ノ湖ハ頓ニ水色ヲ変ズ。都人士女堵ヲ傾ケ袂ヲ連ネ黄塵一簇雲集群遊・・・ 永井荷風 「上野」
・・・大きな張りぬきの桜の樹が道に飾りつけてあり、雪洞の灯が、爛漫とした花を本もののように下から照している。 一台の俥が勢よく表通りからその横丁へ曲って来た。幌をはずして若い女が斜めに乗り、白い小さい顔が幸福そうに笑っている。見ると、俥の後に・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・そこでは、人間はみんな平等であり、花は爛漫と咲きほこり、人情はあたたかくて生活しよく、大変美しく楽しい、そこがエデンの園であるということになって、これが、聖書の基本になっているのであります。その楽園を失ったものとして人間の幸福というものが、・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・とかく白濁りの空の下に、白っぽくよごれた桜が咲いている光景、爛漫としているだけ憂鬱の度が強い。 けれども、今年は綺麗な桜が見られるだろうと楽しみにしている。私は或る郊外住宅地の住人となっているのだが、そこに見事な桜並木が数丁続いている。・・・ 宮本百合子 「塵埃、空、花」
・・・普通の東京住いの市民などは見たことないような桜花爛漫の美を眺めたが、点景人物として映されている日本の女はどれも皆特別仕立ての日本髷と、特別仕立てに誇張された歩きぶりとである。花の中なる花の姿で全篇が終っている。私は身なりよい人々の間にはさま・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・そういう、日本の面と、能や端午の節句や桜花爛漫を撮影している国際文化振興会などの、日本紹介映画との間に、どういう血が通っているか。否、普通日本人と呼ばれている多数のものの平凡で苦労の多い実生活の裡にこの二面はどんな形で、どんな有機性で渾然と・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫