・・・わたしは片っ端から退治して見せる。主人 ですがあの王様には、三つの宝があるそうです。第一には千里飛ぶ長靴、第二には、――王子 鉄でも切れる剣か? そんな物はわたしも持っている。この長靴を見ろ。この剣を見ろ。この古いマントルを見ろ。黒・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・あの必要以上に大規模と見える市街市街の設計でも一斑を知ることか出来るが、米国風の大農具を用いて片っ端からあの未開の土地を開いて行こうとした跡は、私の学生時分にさえ所在に窺い知ることが出来た。例えば大木の根を一気に抜き取る蒸気抜根機が、その成・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・ 父親は偏窟の一言居士で家業の宿屋より新聞投書にのぼせ、字の巧い文子はその清書をしながら、父親の文章が縁談の相手を片っ端からこき下す時と同じ調子だと、情なかった。 秋の夜、目の鋭いみすぼらしい男が投宿した。宿帳には下手糞な字で共産党・・・ 織田作之助 「実感」
・・・しかし、客の世話や帳場の用事で動くのではなく、ただ眼に触れるものを、道具、畳、蒲団、襖、柱、廊下、その他片っ端から汚い汚いと言いながら、歯がゆいくらい几帳面に拭いたり掃いたり磨いたりして一日が暮れるのである。 目に見えるほどの塵一本見の・・・ 織田作之助 「螢」
・・・から乳を飲ます時間から何やかと用意周到のほど驚くばかりに候、さらに驚くべきは小生が妻のためにとて求め来たりし育児に関する書籍などを妻はまだろくろく見もせぬうちに、母上は老眼に眼鏡かけながら暇さえあれば片っ端より読まれ候てなるほどなるほどと感・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ 剣術の上手な若い殿様が、家来たちと試合をして片っ端から打ち破って、大いに得意で庭園を散歩していたら、いやな囁きが庭の暗闇の奥から聞えた。「殿様もこのごろは、なかなかの御上達だ。負けてあげるほうも楽になった。」「あははは。」・・・ 太宰治 「水仙」
・・・考えてみると、私の悪事は、たいてい片っ端から皆に見破られ、呆れられ笑われて来たようである。どうしても完璧の瞞着が出来なかった。しっぽが出ていた。「僕はね、或る学生からサタンと言われたんです。」私は少しくつろいで事情を打ち明けた。「いまい・・・ 太宰治 「誰」
・・・「それじゃ、お前は、僕の名前の出ている本を、全部片っ端から買い集めることが出来るかい。出来やしないだろう。」 へんな論理であったが、僕はムカついて、たまらなかった。その雑誌は、僕のところにも恵送せられて来ていたのであるが、それには僕・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ 元日に、次男は郊外の私の家に遊びに来て、近代の日本の小説を片っ端からこきおろし、ひとりで興奮して、日の暮れる頃、「こりゃ、いけない。熱が出たようだ。」と呟き、大急ぎで帰っていった。果せるかな、その夜から微熱が出て、きのうは寝たり起きた・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・自分は積んである薪を片っ端から彫って見たが、どれもこれも仁王を蔵しているのはなかった。ついに明治の木にはとうてい仁王は埋っていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。第七夜 何でも大きな船に乗って・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫