・・・ 手近な些末な例をあげると、銀座の裏河岸のある町の片側に昔ふうの荷車が十台ほどもずらりと並べておいてある、その反対側にはオートバイがこれも五、六台ほど並んで置かれてあった。その平凡な光景がカメラの目からは非常におもしろく見えるのであった・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 線路の片側は千葉街道までつづいているらしい畠。片側は人の歩むだけの小径を残して、農家の生垣が柾木や槙、また木槿や南天燭の茂りをつらねている。夏冬ともに人の声よりも小鳥の囀る声が耳立つかと思われる。 生垣の間に荷車の通れる道がある。・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・道の片側は鉄漿溝に沿うて、廓者の住んでいる汚い長屋の立ちつづいた間から、江戸町一丁目と揚屋町との非常門を望み、また女郎屋の裏木戸ごとに引上げられた幾筋の刎橋が見えた。道は少し北へ曲って、長屋の間を行くこと半町ばかりにして火の見梯子の立ってい・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・電車の通らない頃の九段坂は今よりも嶮しく、暗かったが、片側の人家の灯で、大きなものを背負っている男の唖々子であることは、頤の突出たのと肩の聳えたのと、眼鏡をかけているのとで、すぐに見定められた。「おい、君、何を背負っているんだ。」と声を・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・この銀杏を目標に右に切れると、一丁ばかり奥に石の鳥居がある。片側は田圃で、片側は熊笹ばかりの中を鳥居まで来て、それを潜り抜けると、暗い杉の木立になる。それから二十間ばかり敷石伝いに突き当ると、古い拝殿の階段の下に出る。鼠色に洗い出された賽銭・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・元カーテンに使ってあったから片側は、はげているところもあるんだけれど」 千代は、同じ愁わしげな眼差しでその青い布を見た。そして丁寧に腰をかがめて礼を云った。「有難うございます。一寸の間でございますのに此那にまで……」 さほ子は、・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・その塀は長くてなかなかつきない、一丈もあるその塀よりもっと高く繁っている樹木の枝が上から房々と垂れて、その片側もやはり塀であった。細い一本の道がそこを通って坂の下へと向っている。その時刻、人どおりはちっともなかった。青葉の陰翳が肩に落ちて来・・・ 宮本百合子 「犬三態」
その時分に、まだ菊人形があったのかどうか覚えていないが、狭くって急な団子坂をのぼって右へ曲るとすぐ、路の片側はずっと須藤さんの杉林であった。古い杉の樹が奥暗く茂っていて、夜は五位鷺の声が界隈の闇を劈いた。夏は、その下草の間・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・カウィアは片側で済むが、切り抜かれちゃ両面無くなる。没収せられればまるで無くなる。」 山田は無邪気に笑った。 暫く一同黙って弁当を食っていたが、山田は何か気に掛かるという様子で、また言い出した。「あんな連中がこれから殖えるだろう・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・本郷の大学前の通りなどは、たとい片側だけであるにもしろ、大学の垣根内に大きい高い楠の樹が立ち並んでいて、なかなか立派な光景だといってよいのであるが、しかしそれさえも、緑の色調が陰欝で、あまりいい感じがしなかった。大学の池のまわりを歩きながら・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫