・・・広大な戦場や都市を空中写真によって圧縮してスクリーンのわく内に収めることもできれば、スターの片方の目だけを同じスクリーンいっぱいに写し出すこともできる。従って、この特徴と重写の技巧とを併用すれば、一粒の芥子種の中に須弥山を収めることなどは造・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・枕につけた片方の耳の奧では、動脈の漲る音が高く明らかに鳴っている。 また肺炎かと思う。これまで既に二度、同じ病気に罹った時分の事も思い出す。始めての時はまだ小学時代の事で、大方の事は忘れて仕舞った。病気の苦しみなどはまるきり忘れてしまっ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・道太は子供が脊髄病のために、たぶん片方の脚が利かないであろうことを聞き知って、心を痛めていたので、今ふみ江の抱いている子供のぽちゃぽちゃ肥った顔を見ると、いっそう暗い気持になって、しばらく口も利けなかった。「先日は失礼しました。ふみちゃ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・と呼ぶので、わたくしは燈火や彩旗の見える片方を見返ると、絵看板の間に向嶋劇場という金文字が輝いていて、これもやはり活動小屋であった。二、三人残っていた乗客はここで皆降りてしまって、その代り、汚い包をかかえた田舎者らしい四十前後の女が二人乗っ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・例えば明石なら明石に医学博士が開業する、片方に医学士があるとする。そうすると医学博士の方へ行くでしょう。いくら手を叩いたって仕方がない、ごまかされるのです。内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いこ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・昔の道徳すなわち忠とか孝とか貞とかい字を吟味してみると、当時の社会制度にあって絶対の権利を有しておった片方にのみ非常に都合の好いような義務の負担に過ぎないのであります。親の勢が非常に強いとどうしても孝を強いられる。強いられるとは常人として無・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・これらは、幾分か片方で切りつめて余った energy をこちらの方に向ける、どちらかといえば押しのふとい方なのです。私らはこの方面へ向って行く。この方面からいえば時間距離なんていう考はありません。飛行機――飛行機のような早いものの必要もなく・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・こうと思う家の前へ来ると、ちょっと手前でツメオは一太にしっかり風呂敷包みを持たせた。片方は黄色の風呂敷で、片方は赤い更紗であった。黄色い方には一つ八銭の玉子だけ、赤い方には一つ六銭の玉子が籾の中に入っていた。やつれた顔じゅうにただ二つの眼と・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ それに又、片方の方々が死なれたと云う事は、決して親と子をすっかり引離してしまったことではないと思います。御両親は、可愛い政子さんを独りぼっち遺してお亡くなりになる時、どんなに可哀そうにお思いなさったでしょう。又自分達がいなくなってから・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・これで片方。こっちは、やっぱり始めに力を入れて、外へふくらがして――ちょん。」口でいいながら、三寸四角位の中に一ついの字を書いた。 指の覚えもなく、息を殺して白い、春の光に特に白い紙の面を見つめていた私は、上から自分の手を捕まえた母の力・・・ 宮本百合子 「雲母片」
出典:青空文庫