・・・秋に収穫すべき作物は裏葉が片端から黄色に変った。自然に抵抗し切れない失望の声が、黙りこくった農夫の姿から叫ばれた。 一刻の暇もない農繁の真最中に馬市が市街地に立った。普段ならば人々は見向きもしないのだが、畑作をなげてしまった農夫らは、捨・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・うさんもおかあさんも僕がついそばにいるのに少しも気がつかないらしく、おかあさんは僕の名を呼びつづけながら、箪笥の引出しを一生懸命に尋ねていらっしゃるし、おとうさんは涙で曇る眼鏡を拭きながら、本棚の本を片端から取り出して見ていらっしゃいます。・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ もう、一度、今度は両手に両側の蘆を取って、ぶら下るようにして、橋の片端を拍子に掛けて、トンと遣る、キイと鳴る、トントン、きりりと鳴く。 紅の綱で曳く、玉の轆轤が、黄金の井の底に響く音。「ああ、橋板が、きしむんだ。削・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・んは、半玉の時分、それはいけずの、いたずらでね、なかの妹は、お人形をあつかえばって、屏風を立てて、友染の掻巻でおねんねさせたり、枕を二つならべたり、だったけれど、京千代と来たら、玉乗りに凝ってるから、片端から、姉様も殿様も、紅い糸や、太白で・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・笠被た女が二人並んで、片端に頬被りした馬士のような親仁が一人。で、一方の端の所に、件の杢若が、縄に蜘蛛の巣を懸けて罷出た。「これ、何さあ。」「美しい衣服じゃが買わんかね。」と鼻をひこつかす。 幾歳になる……杢の年紀が分らない。小・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・その弁ずるのが都会における私ども、なかま、なかまと申して私などは、ものの数でもないのですが、立派な、画の画伯方の名を呼んで、片端から、奴がと苦り、あれめ、と蔑み、小僧、と呵々と笑います。 私は五六尺飛退って叩頭をしました。「汽車の時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・貴様は今からそんなざまじゃア、大砲の音を聴いて直ぐくたばッてしまうやろ云われた時、赤うなって腹を立て、そないに弱いものなら、初めから出征は望みません、これでも武士の片端やさかい、その場にのぞんで見て貰いましょ。――それからと云うものずうッと・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・その庭の片端の僕の方に寄ってるところは、勝手口のあるので、他の方から低い竹垣をもって仕切られていて、そこにある井戸――それも僕の座敷から見える――は、僕の家の人々もつかわせてもらうことになっている。 隣りの家族と言っては、主人夫婦に子供・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ その上に頗る多食家であって、親しい遠慮のない友達が来ると水菓子だの餅菓子だのと三種も四種も山盛りに積んだのを列べて、お客はそっちのけで片端からムシャムシャと間断なしに頬張りながら話をした。殊に蜜柑と樽柿が好物で、見る間に皮や種子を山の・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・と、小使らしい半纒着の男が二人、如露と箒とで片端から掃除を始める。私の傍の青い顔の男もいつの間にかいなくなった。ガランとした広い会所の窓ガラスには、赤い夕日がキラキラ輝いたが、その光の届かぬ所はもう薄暗い。 私はまた当もなくそこを出た。・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫