・・・この、しょびたれた参詣人が、びしょびしょと賽銭箱の前へ立った時は、ばたり、ばたりと、団扇にしては物寂しい、大な蛾の音を立てて、沖の暗夜の不知火が、ひらひらと縦に燃える残んの灯を、広い掌で煽ぎ煽ぎ、二三挺順に消していたのである。「ええ、」・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 人間でも気が滅入り、火鉢の火でもほげたく思うような時、袖をかき合わせて籠をのぞくと、一層物淋しい心に打たれる。陽気な長閑な日和の時には、晴々と子供らしく、見る者の心まで和らげる彼等は、しんだ日に猶々心を沈ませるような姿を見せる。小鳥に・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・けれども、無人な或は、土の中のような色をした黒坊の母子が、放牧された牛などに混って、ぽつんと、野の中に立って居る様子は、非常に物淋しい心持がする。 にぎやかな色、あかるい空、しかし歌をうたう心持はしない。暖い大地の、不思議な物懶さと、陰・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
出典:青空文庫