・・・ことさら雨ふりいでて、秋の夜の旅のあわれもいやまさりければ、さらぬだに物思う秋の夜を長み いねがてに聞く雨の音かな 食うものいとおかしく、山中なるに魚のなますは蕈のためしもあれば懼れて手もつけず、椀の中のどじ・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・そうして単に雪後の春月に対して物思う姿の余情を味わえば足りるであろう。 連想には上記のように内容から来るもののほかにまた単なる音調から来る連想あるいは共鳴といったような現象がしばしばある。これはわれわれ連句するものの日常経験するところで・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・春雨の格子戸に渋蛇の目開きかける様子といい、長火鉢の向うに長煙管取り上げる手付きといい、物思う夕まぐれ襟に埋める頤といい、さては唯風に吹かれる髪の毛の一筋、そら解けの帯の端にさえ、いうばかりなき風情が生ずる。「ふぜい」とは何ぞ。芸術的洗練を・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫