・・・黒塀の下の犬くぐりを抜け、物置小屋を廻りさえすれば、犬小屋のある裏庭です。白はほとんど風のように、裏庭の芝生へ駈けこみました。もうここまで逃げて来れば、罠にかかる心配はありません。おまけに青あおした芝生には、幸いお嬢さんや坊ちゃんもボオル投・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・「ひどいけがをして物置きのかげにいました」 と人足の人はいって、すぐぼくたちを連れていってくれた。ぼくはにぎり飯をほうり出して、手についてる御飯つぶを着物ではらい落としながら、大急ぎでその人のあとから駆け出した。妹や弟も負けず劣らず・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ところが、此寺の門前に一軒、婆さんと十四五の娘の親子二人暮しの駄菓子屋があった、その娘が境内の物置に入るのを誰かがちらりと見た、間もなく、その物置から、出火したので、早速馳付けたけれども、それだけはとうとう焼けた。この娘かと云うので、拷問め・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
一 貸したる二階は二間にして六畳と四畳半、別に五畳余りの物置ありて、月一円の極なり。家主は下の中の間の六畳と、奥の五畳との二間に住居いて、店は八畳ばかり板の間になりおれども、商売家にあらざれば、昼も一枚蔀をおろして、ここは使わず・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 清水から一坂上り口に、薪、漬もの桶、石臼なんどを投遣りにした物置の破納屋が、炭焼小屋に見えるまで、あたりは静に、人の往来はまるでない。 月の夜はこの納屋の屋根から霜になるであろう。その石臼に縋って、嫁菜の咲いたも可哀である。 ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・運び残した財物も少くないから、夜を守る考えも起った。物置の天井に一坪に足らぬ場所を発見してここに蒲団を展べ、自分はそこに横たわって見た。これならば夜をここに寝られぬ事もないと思ったが、ここへ眠ってしまえば少しも夜の守りにはならないと気づいた・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・自分はそのまま外へ出る。物置の前では十五になる梅子が、今鶏箱から雛を出して追い込みに入れている。雪子もお児もいかにもおもしろそうに笑いながら雛を見ている。 奈々子もそれを見に降りてきたのだ。 井戸ばたの流し場に手水をすました自分も、・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・南の裏庭広く、物置きや板倉が縦に母屋に続いて、短冊形に長めな地なりだ。裏の行きとまりに低い珊瑚樹の生垣、中ほどに形ばかりの枝折戸、枝折戸の外は三尺ばかりの流れに一枚板の小橋を渡して広い田圃を見晴らすのである。左右の隣家は椎森の中に萱屋根が見・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・丁度その頃、或る処で鴎外に会った時、それとなく噂の真否を尋ねると、なかなかソンナわけには行かないよ、傍観者は直ぐ何でも改革出来るように思うが、責任の位置に坐って見ると物置一つだって歴史があるから容易に打壊す事は出来ない、改革に焦ったなら一日・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・それでいざやろうという段になると、君が物置みたいな所から、切符売場のようになった小さい小舎を引張り出して来るんだ。そしてその中へ入って、据り込んで、切符を売る窓口から『さあここへ出せ』って言うんだ。滑稽な話だけど、なんだかその窓口へ立つのが・・・ 梶井基次郎 「雪後」
出典:青空文庫