・・・ この話は我国に多かった奉教人の受難の中でも、最も恥ずべき躓きとして、後代に伝えられた物語である。何でも彼等が三人ながら、おん教を捨てるとなった時には、天主の何たるかをわきまえない見物の老若男女さえも、ことごとく彼等を憎んだと云う。これ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・は、当時の天主教徒間に有名な物語の一つとして、しばしば説教の材料にもなったらしい。自分は、今この覚え書の内容を大体に亘って、紹介すると共に、二三、原文を引用して、上記の疑問の氷解した喜びを、読者とひとしく味いたいと思う。―― 第一に、記・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・い出したようにそれを取上げて、これさえあれば御殿の勘当も許されるからと喜んで妹と手をひきつれて御殿の方に走って行くのを、しっかり見届けた上で、燕はいい事をしたと思って王子の肩に飛び帰って来て一部始終の物語をしてあげますと、王子もたいそうお喜・・・ 有島武郎 「燕と王子」
昔男と聞く時は、今も床しき道中姿。その物語に題は通えど、これは東の銭なしが、一年思いたつよしして、参宮を志し、霞とともに立出でて、いそじあまりを三河国、そのから衣、ささおりの、安弁当の鰯の名に、紫はありながら、杜若には似も・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・この物語を聞き、この像を拝するにそぞろに落涙せり。かく荒れ果てたる小堂の雨風をだに防ぎかねて、彩色も云々。 甲冑堂の婦人像のあわれに絵の具のあせたるが、遥けき大空の雲に映りて、虹より鮮明に、優しく読むものの目に映りて、その人・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ちょうどこの百七十七回の中途で文字がシドロモドロとなって何としても自ら書く事が出来なくなったという原稿は、現に早稲田大学の図書館に遺存してこの文豪の悲痛な消息を物語っておる。扇谷定正が水軍全滅し僅かに身を以て遁れてもなお陸上で追い詰められ、・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・彼はいかにして砂地を田園に化せしか、いかにして沼地の水を排いしか、いかにして磽地を拓いて果園を作りしか、これ植林に劣らぬ面白き物語であります。これらの問題に興味を有せらるる諸君はじかに私についてお尋ねを願います。 * ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 二人の兄弟は、海ぼたるについて、こんな物語があることを知りませんでした。 ただ、大きいから、かごの中に入れて、よく光るだろうと思っていました。 晩になると、海ぼたるはよく光りました。川のほたるも負けずによく光りました。「み・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・ 以上を要約するに、現実に立脚した、奔放不覊なる、美的空想を盛り、若しくは、不可思議な郷土的な物語は、これを新興童話の名目の下に、今後必ずや発達しなければならぬ機運に置かれています。いまの児童の読物のあまりに杜撰なる、不真面目なる、・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・という比較的長い初期の短篇は、大阪の男が自分の恋物語を大阪弁で語っている形式によっており、地の文も会話もすべて大阪弁である。谷崎潤一郎氏の「卍」もやはり、大阪の女が自分の恋物語を大阪弁で語っている形式である。この二つの大阪弁の一人称小説を比・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫