・・・ 七 自分は一言を交えないで以上の物語を聞いた。聞き終って暫くは一言も発し得なかった。成程悲惨なる境遇に陥った人であるとツク/″\気の毒に思ったのである。けれども止むなくんばと、「断然離婚なさったら如何です。」・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・u de l'amour et de la mort.D. H. Lawrence : Sons and lovers.Andr Gide : La porte troite.万葉集、竹取物語、近松心中物、朝顔日記、壺坂霊験記。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・それから後は親類の家などへ往って、児雷也物語とか弓張月とか、白縫物語、田舎源氏、妙々車などいうものを借りて来て、片端から読んで一人で楽んで居た。併し何歳頃から草双紙を読み初めたかどうも確かにはおぼえません、十一位でしたろうか。此頃のことでし・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・おげんはまだ心も柔く物にも感じ易い若い娘の頃に馬琴の小説本で読み、北斎のさしえで見た伏姫の物語の記憶を辿って、それをあの奥様に結びつけて想像して見た。この想像から、おげんはいいあらわし難い恐怖を誘われた。「小山さん、弟さんですよ」 ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
此スバーと云う物語は、インドの有名な哲学者で文学者の、タゴールが作ったものです。インド人ですが英国で勉強をし立派な沢山の本を書いています。六七年前、日本にも来た事がありました。此人の文章は実に美しく、云い表わしたい十の・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 退屈したときには、皆で、物語の連作をはじめるのが、この家のならわしである。たまには母も、そのお仲間入りすることがある。「何か、無いかねえ。」長兄は、尊大に、あたりを見まわす。「きょうは、ちょっと、ふうがわりの主人公を出してみたいの・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・浦島の物語の小さなひな形のようなものかもしれない。 植物の世界にも去年と比べて著しく相違が見えた。何よりもことしは時候が著しくおくれているらしく思われた。たとえば去年は八月半ばにたくさん咲いていた釣舟草がことしの同じころにはいくらも見つ・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 東京の家からは英語の教科書に使われていたラムの『沙翁物語』、アービングの『スケッチブック』とを送り届けてくれたので、折々字引と首引をしたこともないではなかった。 わたくしは今日の中学校では英語を教えるのに如何なる書物を用いているか・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸という点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫の譏は免がれぬ。まして材をその一局部に取って纏ったものを書こうとすると到底万事原著による訳には・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・読者にしてもし、私の不思議な物語からして、事物と現象の背後に隠れているところの、或る第四次元の世界――景色の裏側の実在性――を仮想し得るとせば、この物語の一切は真実である。だが諸君にして、もしそれを仮想し得ないとするならば、私の現実に経験し・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫