・・・ となお物貰いという念は失せぬ。 ややあって、鼠の衣の、どこが袖ともなしに手首を出して、僧は重いもののように指を挙げて、その高い鼻の下を指した。 指すとともに、ハッという息を吐く。 渠飢えたり矣。「三ちゃん、お起きよ。」・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・いろいろ災難に逢いまして、にわかの物貰いで勝手は分りませず……」といいかけて婦人は咽びぬ。 これをこの軒の主人に請わば、その諾否いまだ計りがたし。しかるに巡査は肯き入れざりき。「いかん、おれがいったんいかんといったらなんといってもい・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・そして多くの物貰いに共通なように、国へ帰るには旅費がないというような事も訴えていた。 幾度となくおじぎをしては私を見上げる彼の悲しげな眼を見ていた私は、立って居室の用箪笥から小紙幣を一枚出して来て下女に渡した。下女は台所の方に呼んでそれ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫