・・・これが明らかとなって初めて、ある特定の意志決定がどの程度まで道徳にかなっているかを判断することができるのである。倫理学はかかる問いに答えることを任務とする。それは行為とそのあり得べき結果との多様な、人間の精神に依従しない関係の認識を要しない・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・北さんは、特定のおとくいさんの洋服だけを作るのだ。名人気質の、わがままな人である。富貴も淫する能わずといったようなところがあった。私の父も、また兄も、洋服は北さんに作ってもらう事にきめていたようである。私が東京の大学へはいってから、北さんは・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・自分の家に持ち運んで、それを誰か特定の人にゆずるのかどうか、そこまではわかりませんが、とにかく「売り物」には違いないようでした。しかし、既に人道というけなげな言葉が発せられている以上、私たちはそのおかみさんを商売人として扱うわけにはゆかなく・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・学問の研究に精神を集注しているときは大脳皮のある特定の部分に或る特定の化学的変化が起こる、その変化が長時間持続するとある化学的物質の濃度に持続的な異常を生じて、それが脳神経中枢のどこかに特殊の刺激となって働く、そうして元の精神集注状態がやん・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・するとこの中である特定の一つの子音、たとえばSならSが出現するという事のプロバビリテーはいくらか。この確率は可能な子音の種類の数の逆数となる。それで全然偶然的暗合ならば現われるべきこの型の火山名の数nは N(VC)÷Q になるはずである。し・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・ 例えば殺人罪を犯した浪人の一団の隠れ家の見当をつけるのに、目隠しされてそこへ連れて行かれた医者がその家で聞いたという琵琶の音や、ある特定の日に早朝の街道に聞こえた人通りの声などを手掛りとして、先ず作業仮説を立て、次にそのヴェリフィケー・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 歳のうちのある特定の日を限って「節約デー」を設けるという事は、従来の多くの日には節約をしていないか、もしくは濫費をしていたという事である。同じような例を挙げると、年中怠けてばかりいる学生が、一年に一日「勉強デー」を設けるのや、あるいは・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ ある特定の事がらが三回相互に無関係に起こるとする。そうしてそのおのおのが七曜日のいずれに起こる確率も均等であると仮定すれば、三度続けて金曜日に起こるという確率は七分の一の三乗すなわち三百四十三分の一である。しかしこれはまた、木曜が三度・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・たとえば太陽黒点と日本の一部分のある特定の気象要素との間に或る相関を見つけたというのが、太陽黒点が地球の気象に関係するという事を始めて見つけたかのごとく報ぜられるような種類のものがはなはだ多いのである。これは担任記者の専門知識の欠乏によるの・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ それだから年号と年数と干支とを併記して或る特定の年を確実不動に指定するという手堅い方法にはやはりそれだけの長所があるのである。為替や手形にデュープリケートの写しを添えるよりもいっそう手堅いやり方なのである。 年の干支と同様に日の干・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫