・・・ 斯様に書きながらも思う事でございますが、他国人が他国人を批評する時、兎角陥り易い欠点は、或人間の群が、或特定の圏境の裡に発達したもの、と云う心持で批評の対象国民を見ずに、その人間達の持つ国名の響で、批判的気分の大半を埋めて仕舞う事だと・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・媒介物である文字さえ文法的に正確に捕えたら、その作物の全リズムまで捕えたとは決していえないと私は思う。特定の波長に対しては特定の検波器がある。電波に関するこの中学生的常識は、文学における原作者と翻訳者との関係にも極めて自然に適用される。すな・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・はその倚ってかかっている特定の全存在、宿命の具体的な相貌を解きほぐす点になると遺憾ながら全く無力で、「作家が己れの感情を自ら批評するということと、己れの感情を社会的に批評するということと、現実に於てどこが違うか」と、いかにも当時の文学雰囲気・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・或る結婚は、特定の家として出来ぬ、許さぬ。そういう事が決して珍しくない。事を一層紛糾させている他の社会的な心理は、極めて現代風の経済観念、打算が若い心にも反映していて男女とも、結婚は経済的社会的安定の基礎として計量する小ざかしさが生じている・・・ 宮本百合子 「成長意慾としての恋愛」
・・・各自の精神がどんなにそれを軽蔑していようとも強権と肉体への暴力で、特定の権力と目的とにしたがえさせられた。本郷の帝国大学のある本富士警察の留置場、学校の多い西神田署の留置場などは、東京の警察の乱暴な留置場の中でも、最も看守の粗暴なところであ・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・だから、そういうたてまえの作品批評にあって、相手は特定な個人ではない。その個人が知ってか知らずか代表している社会層が、批評する者にとっての相手であるという訳になる。 それまで漠然とある小説なら小説を読んでいた人は、その小説に対するそうい・・・ 宮本百合子 「近頃の感想」
・・・善かさもないものはただちに悪と、固定された、ただふたすじのみちが、もし、特定のものの便宜のために日本の人民の理性の上に敷設されるなら、それは、人を生き埋めにした上につくられた滑走路のようなものになるだろう。社会の発展の過程にあらわれる善と悪・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
・・・そして、既に少なからぬ無理が生じていること、或る特定の思想で、現実がきりこまざかれはじめていることを感じる。例えば、オリンピック村の敷地が成城学園の附近に選定されるらしいが、その敷地は寄附という形で、無代でとりあげられるらしい。オリンピック・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・ 批評が一定の立場に立ってものを言っているだけでは俳優としては得るところが少いと座談会で言われているのですが、批評のそういう型と、この座談会が雰囲気としてわれわれに印象づけるある特定なものとの間には相互的に関係しているものがないでしょう・・・ 宮本百合子 「一つの感想」
・・・ 勘は天来のものではなくて、人間の努力、反復、鍛錬の結果が蓄積して、複合的な直覚が特定の範囲で発動し、肉体の動きまでを支配する、そういう意志的な要素を底流とした心理であるから、勘の内容は、反復され、努力されることの質に応じて具体的に相異・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
出典:青空文庫