・・・私はその浅黒い顔に何か不快な特色を見てとったので、咄嗟に眼を反らせながらまた眼鏡をとり上げて、見るともなく向うの桟敷を見ますと、三浦の細君のいる桝には、もう一人女が坐っているのです。楢山の女権論者――と云ったら、あるいは御聞き及びになった事・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・では菊池寛の作品には、これらの割引を施した後にも、何か著しい特色が残っているか? 彼の価値を問う為には、まず此処に心を留むべきである。 何か著しい特色? ――世間は必ずわたしと共に、幾多の特色を数え得るであろう。彼の構想力、彼の性格解剖・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・人間の思想はその一特色として飛躍的な傾向をもっている。事実の障礙を乗り越して或る要求を具体化しようとする。もし思想からこの特色を控除したら、おそらく思想の生命は半ば失われてしまうであろう。思想は事実を芸術化することである。歴史をその純粋な現・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・而して現在の北海道は、その土地が持つ自然の特色を段々こそぎ取られて、内地の在来の形式と選む所のない生活の維持者たるに終ろうとしつゝあるようだ。あの特異な自然を活かして働かすような詩人的な徹視力を持つ政治家は遂にあの土地には来てくれないのだろ・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・投げられた魚は、地の上で短い、特色のある踊をおどる。未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。 小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。 直き傍に腰を掛けている貴夫人がこう云った。「ジュ ヌ ・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・ 北海道人、特に小樽人の特色は何であるかと問われたなら、予は躊躇もなく答える。曰く、執着心のないことだと。執着心がないからして都府としての公共的な事業が発達しないとケナス人もあるが、予は、この一事ならずんばさらに他の一事、この地にてなし・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ すべての色の取り合わせなり、それから、櫛なり簪なり、ともに其の人の使いこなしによって、それぞれの特色を発揮するものである。 近来は、穿き立ての白足袋が硬く見える女がある。女の足が硬く見えるようでは、其の女は到底美人ではない。白い足・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・ことが出来るのである、最も生活と近接して居って最も家族的であって、然も清閑高雅、所有方面の精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを輸入するものは、国民品性の特色を備えた、在来の此茶の湯の遊技を閑却・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・『魯文珍報』は黎明期の雑誌文学中、較や特色があるからマダシモだが、『親釜集』が保存されてるに到っては驚いてしまった。 一と頃江戸図や武鑑を集めていた事があった。本郷の永盛の店頭に軍服姿の鴎外を能く見掛けるという噂を聞いた事もある。その頃・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 然るにこのナチュラルな気持、デリケートな気持と云うものを感じなくて、すべてのものを心から感ずると云うことを嫌い、何物の刺戟にも感じないと云うのを誇るのを称して、近代的特色と云うならば、実に滑稽と云うの外はない。それは、形式に囚われたの・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
出典:青空文庫