・・・浄でためしてみて、いやもう、四方八方に飛散し、御不浄は海、しかもあとは、知らん顔、御承知でしょうが、ここの御不浄は、裏の菓物屋さんと共同のものなんですから、菓物屋さんは怒り、下のおかみさんに抗議して、犯人はてっきり僕たち、酔っぱらいには困る・・・ 太宰治 「眉山」
・・・それからまた犯人と目星をつけた女の居所を捜すのに電話番号簿を片端からしらみつぶしに呼び出しをかける場面などもやはり一つの思いつきである。 こうした趣向の新しさを競う結果は時にいろいろな無理を生じる。たとえば大地震で大混乱を生じている同じ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・よく聞いてみると、当時高名であった強盗犯人山辺音槌とかいう男が江の島へ来ているという情報があったので警官がやって来て宿泊人を一々見て歩き留守中の客の荷物を調べたりしたというのである。強盗犯人の嫌疑候補者の仲間入りをしたのは前後にこの一度限り・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・かなり勝手を知った盗賊であろうという事であったが、結局犯人は見いだされなかった。この、姿を見せないで大きな結果だけを残して行った「盗賊」と、形は見えないがわが家の生活に大きな変化をもたらした「げじげじ」とが幼時の記憶の中で親密に握手をしてい・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・このダンサーは後に昔の情夫に殺されるための役割でこの喜劇に招集されたもので、それが殺されるのはその殺人罪の犯人の嫌疑をこの靴磨きの年とった方、すなわち浅岡了介に背負わせるという目的のために殺されなければならないことになっている。しかも、その・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ヘッヘッ、消防組、青年団、警官隊総出には、兎共は迷惑をしたこったろうな。犯人は未だ縛につかない、か。若し捕ってりゃ偽物だよ。偽物でも何でも捕えようと思って慌ててるこったろう。可哀相に、何も知らねえ奴が、棍棒を飲み込みでもしたように、叩き出さ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・おれたちは第一条の犯人を押えようと思って一日ここに居るんだぞ。早く黙って帰れ。って云った。」「じゃきっと間もなくつかまるねえ。」 ところがそれから半年ばかりたちますとまたこどもらが大さわぎです。「そいつはもうたしかなんだよ。僕の・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・真の犯人はナチスであるが、それを口実に共産党への大弾圧を加えるために、計画された陰謀であった。また反ナチ派の勢力の下にあったバイエルン州のミュンヘンでは、この報知をきいても、ナチの悪計とは知らず、エリカ・マンの胡椒小屋は謝肉祭の大陽気で、反・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・あなたの方のは犯人がつかまって書類が廻ったからいいが…… これで分った。一昨日食堂車へわたるデッキの扉のガラスが破れた時、何心なく、 ――誰がわったの?ときいた。すると、やっぱりこの若い、党員である車掌は珍しく不機嫌に、答えた。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ところでこの間馬場先を通っていたらかねて新聞で披露されていた犯人逮捕用ラジオ自動車が消防自動車のような勢でむこうから疾走して来た。通行人も珍しげにそれをよけて見送っていた。ふと私は民間自動車のラジオは許されていず、その設備のある新車体はセッ・・・ 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
出典:青空文庫