・・・「その証拠は彼が私と二人で、ある日どこかの芝居でやっている神風連の狂言を見に行った時の話です。たしか大野鉄平の自害の場の幕がしまった後だったと思いますが、彼は突然私の方をふり向くと、『君は彼等に同情が出来るか。』と、真面目な顔をして問い・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ いよいよ、狂言が始まったのであろう。僕は、会釈をしながら、ほかの客の間を通って、前に坐っていた所へ来て坐った。Kと日本服を来た英吉利人との間である。 舞台の人形は、藍色の素袍に、立烏帽子をかけた大名である。「それがし、いまだ、誇る・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・が、あの婆は狂言だと思ったので、明くる日鍵惣が行った時に、この上はもう殺生な事をしても、君たち二人の仲を裂くとか、大いに息まいていたらしいよ。して見ると、僕の計画は、失敗に終ったのに違いないんだが、そのまた計画通りの事が、実際は起っていたん・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「魚説法、というのです――狂言があるんですね。時間もよし、この横へ入った処らしゅうございますから。」 すぐ角を曲るように、樹の枝も指せば、おぼろげな番組の末に箭の標示がしてあった。古典な能の狂言も、社会に、尖端の簇を飛ばすらしい。け・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 能の狂言の小舞の謡に、いたいけしたるものあり。張子の顔や、練稚児。しゅくしゃ結びに、ささ結び、やましな結びに風車。瓢箪に宿る山雀、胡桃にふける友鳥……「いまはじめて相分った。――些少じゃが餌の料を取らせよう。」 小・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「そら金公の嬶がさ、昨日大狂言をやったちでねいか」「どこで、金公と夫婦げんかか、珍しくもねいや」「ところが昨日のはよっぽどおもしろかったてよ」「あの津辺の定公ち親分の寺でね。落合の藪の中でさ、大博打ができたんだよ。よせばえい・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 薊の狂言はすこぶるうまかった、とうとう話はきまった。おとよは省作のために二年の間待ってる、二年たって省作が家を持てなければ、その時はおとよはもう父の心のままになる、決して我意をいわない、と父の書いた書付へ、おとよは爪印を押して、再び酒・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
若い蘇峰の『国民之友』が思想壇の檜舞台として今の『中央公論』や『改造』よりも重視された頃、春秋二李の特別附録は当時の大家の顔見世狂言として盛んに評判されたもんだ。その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・世が余りに狐を大したものに思うところから、釣狐のような面白い狂言が出るに至った、とこういうように観察すると、釣狐も甚だ面白い。 飯綱の法というといよいよ魔法の本統大系のように人に思われている。飯綱は元来山の名で、信州の北部、長野の北方、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・噛んで畳の上敷きへ投りつけさては村様か目が足りなんだとそのあくる日の髪結いにまで当り散らし欺されて啼く月夜烏まよわぬことと触れ廻りしより村様の村はむら気のむら、三十前から綱では行かぬ恐ろしの腕と戻橋の狂言以来かげの仇名を小百合と呼ばれあれと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫