・・・と、僕の妻は最終の責任を感じて、異境の空に独りぼっちの寂しさをおぼえた。僕は、出発の当時、井筒屋の主人に、すぐ、僕が出直して来なければ、電報で送金すると言っておいたのだ。 先刻から、正ちゃんもいなくなっていたが、それがうちへ駆けつけて来・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
デパートの内部は、いつも春のようでした。そこには、いろいろの香りがあり、いい音色がきかれ、そして、らんの花など咲いていたからです。 いつも快活で、そして、また独りぼっちに自分を感じた年子は、しばらく、柔らかな腰掛けにからだを投げて・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・そして、独りぼっちとなり、やがて、みんなから忘れられてしまうと考えると、もうじっとしているわけにはいきませんでした。「雲さん、長い間、どうもお世話になりまして、お礼の申しあげようもありません。私は、下界へゆきます。そして、坊ちゃんや、お・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・わたしは、まったくの独りぼっちで、今日はこの町、明日はあちらの村というふうに歩いています……。」と、少女は答えました。 すると、おばあさんも、おじいさんもあきれた顔つきをしました。「まあ、そんなら、お母さんも、お父さんもおありなさら・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・もう、これからおれは、独りぼっちと歎くまいと思いました。「力強く風に向かって戦おう。そして、慕い寄るものを慰めよう。」 これは曠野の王者として、まさに貴い考えでありました。 このときです。つばめは、しきりに鳴きました。あらしのく・・・ 小川未明 「曠野」
・・・全く独りぼっちになってしまったような娘だ。お三輪について一緒に浦和まで落ちのびて来たものは、この不幸な子守娘だけであった。多勢使っていた店の奉公人もそれぞれ暇を取って、皆ちりぢりばらばらになってしまった。 お三輪は子守娘をつれて町へでも・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・彼女は、丁度人が暑さに恐れて皆家へ入っているインドの真昼間のように、静かで独りぼっちなのでした。 スバーの住んでいたのは、チャンデプールと云う村でした。ベンガール地方の川としては小さいその村の川は、あまり立派でもない家の娘のように、狭い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・八、九歳頃の彼はむしろ控え目で、あまり人好きのしない、独りぼっちの仲間外れの観があった。ただその頃から真と正義に対する極端な偏執が目に立った。それで人々は「馬鹿正直」という渾名を彼に与えた。この「馬鹿正直」を徹底させたものが今日の彼の仕事に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・御両親は、可愛い政子さんを独りぼっち遺してお亡くなりになる時、どんなに可哀そうにお思いなさったでしょう。又自分達がいなくなってからも、どうぞ正しい立派な、神のお悦びになるような心で、大きく成って呉れるようにと、お願いになった事でしょう。その・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・母がなくなれば、妻子を除いて、父は独りぼっちだ。父も若くない。寂しく思うだろう。私は自分が子としての立場にある故か、父を愛し愛している故か、それがひどく父の身に代って思い遣られた。 十六日の晩、私は息抜きという心持で外出し、外で夕飯をた・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫