・・・それは何の苦もなくいわば余分の収入として得たるものとはいえ、万という金を惜しげもなく散じて、僕らでいうと妻子と十日の間もあい離れているのはひじょうな苦痛である独居のさびしみを、何の苦もないありさまに振舞うている。そういう君の心理が僕のこころ・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・かくて治子は都に近きその故郷に送り返され、青年は自ら望みて伯父なる人の別荘に独居し、悲しき苦しき一年を過ぐしたり。 青年は治子の事を思い絶たんともがきぬ、ついに思い絶ち得たりと自ら欺きぬ。自ら欺けるをかれはいつしか知りたれど、すでに一度・・・ 国木田独歩 「わかれ」
僕は昔から「人嫌い」「交際嫌い」で通って居た。しかしこれには色々な事情があったのである。もちろんその事情の第一番は、僕の孤独癖や独居癖やにもとづいて居り、全く先天的気質の問題だが、他にそれを余儀なくさせるところの、環境的な・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ 重吉は網走で、独居囚の労役として、和裁工であった。囚人たちが使ってぼろになったチョッキ、足袋、作業用手套を糸と針とで修繕する仕事であった。朝の食事が終ると、夕飯が配られる迄、その間に僅かの休みが与えられるだけで、やかましい課程がきめら・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・自分は其を知らず、一ヵ月許りの独居から戻って来た。Aは、直ぐ先方に断りを出した。切角決心をし、どんな鞄を持って行こうなどとさえ相談を始められたのに中止したと、夏休みに行って、始めて聴いたのであった。 自分の為に、きっさきを折られて、折角・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫