・・・あって一向小説家らしくなかった人、政治家を志ざしながら少しも政治家らしくなかった人、実業家を希望しながら企業心に乏しく金の欲望に淡泊な人、謙遜なくせに頗る負け嫌いであった人、ドグマが嫌いなくせに頑固に独断に執着した人、更に最う一つ加えると極・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・子供に飯を食べさせている最中に飛び出して来たという女のあわて方は、彼等の夫婦関係がただごとでない証拠だと、新吉は独断していた。夜更けの時間のせいかも知れない。 しかし、ふと女が素足にはいていた藁草履のみじめさを想いだすと、もう新吉は世間・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 日蓮のかような自負は、普遍妥当の科学的真理と、普通のモラルとしての謙遜というような視角からのみみれば、独断であり、傲慢であることをまぬがれない。しかし一度視角を転じて、ニイチェ的な暗示と、力調とのある直観的把握と高貴の徳との支配する世・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ただ野暮ったくもったい振り、何の芸も機智も勇気も無く、図々しく厚かましく、へんにガアガア騒々しいものとばかり独断していたのである。空襲の時にも私は、窓をひらいて首をつき出し、隣家のラジオの、一機はどうして一機はどうしたとかいう報告を聞きとっ・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・僕をはじめて見た女の子なら、僕が生まれた時からこんなに鼻が赤くて、しかもこの後も永久に赤いのだと独断するにきまっています。」真剣に主張している。 私は、ばかばかしく思ったが、懸命に笑いを怺えて、「じゃ、ミルクホールは、どうでしょう。・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・結婚式の時にはいていたのだから仙台平というものに違い無いと、独断している様子なのである。けれども、私は貧しくて、とても仙台平など用意できない状態だったので、結婚式の時にも、この紬の袴で間に合せて置いたのである。それを家内が、どういうものだか・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・すべて仏教の焼き直しであると独断していた。 白石のシロオテ訊問は、その日を以ておしまいにした。白石はシロオテの裁断について将軍へ意見を言上した。このたびの異人は万里のそとから来た外国人であるし、また、この者と同時に唐へ赴いたものもあ・・・ 太宰治 「地球図」
・・・昔あったから、いまもそれと同じような運命をたどるものがあるというような、いい気な独断はよしてくれ。 いのちがけで事を行うのは罪なりや。そうして、手を抜いてごまかして、安楽な家庭生活を目ざしている仕事をするのは、善なりや。おまえたちは、私・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・しかも、チエホフを読んだことのある青年ならば、父は退職の陸軍二等大尉、母は傲慢な貴族、とうっとりと独断しながら、すこし歩をゆるめるであろう。また、ドストエーフスキイを覗きはじめた学生ならば、おや、ネルリ! と声を出して叫んで、あわてて外套の・・・ 太宰治 「葉」
・・・本文は、すべて平仮名のみにて、甚だ読みにくいゆえ、私は独断で、適度の漢字まじりにする。盲人の哀しい匂いを消さぬ程度に。 葛原勾当日記。天保八酉年。○正月一日。同よめる。 たちかゑる。としのはしめは。なにとなく。・・・ 太宰治 「盲人独笑」
出典:青空文庫