・・・ 正倉院の御物が公開されると、何十万という人間が猫も杓子も満員の汽車に乗り、電車に乗り、普段は何の某という独立の人格を持った人間であるが、車掌にどなりつけられ、足を踏みつけられ、背中を押され、蛆虫のようにひしめき合い、自分が何某とい・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 細君は何にかにつけて、耕吉の独立心のないことを責めたてた。弟の手に養われて、それをよいことかのように思っている良人の心根が、今さらに情けなくも心細くも思われるのであった。「あなたはあまり気がよすぎるですよ、……正直すぎる」 こ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・お手紙を見て驚喜仕候、両君の室は隣室の客を驚かす恐れあり、小生の室は御覧の如く独立の離島に候間、徹宵快談するもさまたげず、是非此方へ御出向き下され度く待ち上候 すると二人がやって来た。「君は何処を遍歴って此処へ来た?」と・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・いやいやながら箸を取って二口三口食うや、卒然、僕は思った、ああこの飯はこの有為なる、勤勉なる、独立自活してみずから教育しつつある少年が、労働して儲けえた金で、心ばかりの馳走をしてくれる好意だ、それを何ぞやまずそうに食らうとは! 桂はここで三・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・価値は主観から独立な真の対象であって、価値現象として主観の感情状態や、欲求とは相違する。さまざまな果実の美味は果実の種類によって性質的に異なり、同一の美味が主観の感覚によってさまざまに感じられるのではない。美味そのものの相違である。その如く・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ が、これも、これだけを独立して取扱うべきものと限ってはいない。たゞ、主として力点をそこに置くのである。 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・ 蓋し司法権の独立完全ならざる東洋諸国を除くの外は此如き暴横なる裁判、暴横なる宣告は、陸軍部内に非ざるよりは、軍法会議に非ざるよりは、決して見ること得ざる所也。 然り是実に普通法衙の苟も為さざる所也。普通民法刑法の苟も許さざる所也。・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・だんだんおまえたちも大きくなり、順にひとりずつ独立するようになってみれば、とうさんがまったくのひとりになる日の来ることも目に見えています。それではとうさんも何かにつけて不自由であり、第一病気でもしたときに心細くもありますから、今のうちに自分・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・作品を、作家から離れた署名なしの一個の生き物として独立させては呉れない。三人姉妹を読みながらも、その三人の若い女の陰に、ほろにがく笑っているチエホフの顔を意識している。この鑑賞の仕方は、頭のよさであり、鋭さである。眼力、紙背を貫くというのだ・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目が見える。この縞はたぶん紙を漉く時に繊維を沈着させる簾の痕跡であろうが、裏側の荒い縞は何だか分らなかった。 指頭大の穴が三つばかり明いて、その周囲から喰み・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫