・・・人を疑う猜忌の眼か、それにしては光鈍し。たゞ何心なく他を眺る眼にしては甚決して気にしないで下さいな。気狂だと思って投擲って置いて下さいな、ね、後生ですから。』と泣声を振わして言いますから、『そういうことなら投擲って置く訳に行かない。』と僕は・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ 不平と猜忌と高慢とがその眼に怪しい光を与えて、我慢と失意とが、その口辺に漂う冷笑の底に戦っていた。自分はかれが投げだしたように笑うのを見るたびに泣きたく思った。『国会がどうした? ばかをいえ。百姓どもが集まって来たって何事をしでか・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ほんとうの青年は猜忌や打算もつよく、もっと息苦しいものなのに、と僕にとって不満でもあったあの水蓮のような青年は、それではこの青扇だったのか。そう興奮しかけたけれど、すぐいやいやと用心したのである。「はじめて聞きました。でもあれは、失礼で・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・そこで猜忌の悪徳のためにほとんど傷心してしまった。 そこでかれはあらためて災難一条を語りだした。日ごとにその繰り言を長くし、日ごとに新たな証拠を加え、いよいよ熱心に弁解しますます厳粛な誓いを立てるようになった。誓いの文句などは人のいない・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫