・・・ 銑吉は、少からず、猟奇の心に駆られたのである。 同時にお誓がうつくしき鳥と、おなじ境遇に置かるるもののように、衝と胸を打たれて、ぞっとした。その時、小枝が揺れて、卯の花が、しろじろと、細く白い手のように、銑吉の膝に縋った。昭和・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
一 影なき男 一種の探偵映画である。しかしこの映画のおもしろみはストーリーの猟奇的な探偵趣味よりもむしろウィリアム・パウェルという男とマーナ・ロイという女とこの二人の俳優の特異なパーソナリティの組み合わせと、その二人で代表された・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・というのは破壊的な乱暴者でもなければ、無意味に変態な病的のものを求める猟奇者でもないことは勿論である。現在の「きたない絵」を描く人達は古い伝統を離れようとして新しい伝統の穴に陥って藻掻いているようである。むしろ、あらゆる伝統を深く掘り下げ、・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・二十四時間を、八時間から九時間以上職場にしばられ、千八百円でしめつけられつつ家族の生活をみている正直な勤労者の青春にとって、きょうの猟奇小説と、ロシアの人民が暗黒のなかに生を苦しんでいた時代のドストイェフスキーの世界は、何を与えるだろう。し・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・そして、第三に、よむものの心をうつことは、商業的な文化の上では猟奇のヒロインのように描き出される彼女たちが、電車にのると、パン助野郎、歩いて行け、とののしられたりするということである。娘たちは、真赤にルージュをぬった唇から、なるたけ歩くよう・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・東洋のグロテスクな美、猟奇心というものが主にされていたのである。「大地」は、バックの原作がこれまでヨーロッパ人によってかかれた「支那物語」と性質を異にした本ものである故もあり、おそらくアメリカ映画界としては初めてつくられた真面目な中国に・・・ 宮本百合子 「映画の語る現実」
・・・安価なフィクションとよみもの的な情景の設定で、人間の悲痛を猟奇にすりかえてしまっている。 勤労者としての生活を営んでいる人々の「文学ずき」が、同じく現代文学におこっているなだれの下じきになっている。そして「細雪」は「天然色映画のようにた・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・没落期に入ると一緒に、それは享楽的なブルジョア文化の消費者の猟奇癖をたんのうさせるために役立ち、急テンポに侵略的帝国主義のデクになり下りつつあるのだ。 群司次郎正という大衆作家がある。彼はよみ物提供の種をさがしに、異国情調、国際的背景を・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
出典:青空文庫