・・・ また夢のようだけれども、今見れば麺麭屋になった、丁どその硝子窓のあるあたりへ、幕を絞って――暑くなると夜店の中へ、見世ものの小屋が掛った。猿芝居、大蛇、熊、盲目の墨塗――――西洋手品など一廓に、どくだみの花を咲かせた――表通りへ目に立・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・この夜、某の大臣が名状すべからざる侮辱を某の貴夫人に加えたという奇怪な風説が忽ち帝都を騒がした。続いて新聞の三面子は仔細ありげな報道を伝えた。この夜、猿芝居が終って賓客が散じた頃、鹿鳴館の方角から若い美くしい洋装の貴夫人が帽子も被らず靴も穿・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・見世物には猿芝居、山雀の曲芸、ろくろ首、山男、地獄極楽のからくりなどという、もうこの頃ではたんと見られないものが軒を列べて出ていました。 私は乳母に手を引かれて、あっちこっちと見て歩く内に、ふと社の裏手の明き地に大勢人が集まっているのを・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・などという事になると、さらにいらいらする。猿芝居みたいな気がして来るのである。 いっそこう言ってやりたい。「私には思想なんてものはありませんよ。すき、きらいだけですよ。」 私は左に、私の忘れ得ぬ事実だけを、断片的に記そうと思う。・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・君たちのサロンは、猿芝居だというのはどういうわけか。いまここで、いちいち諸君に噛んでふくめるように説明してお聞かせすればいいのかも知れないが、そんな事に努力を傾注していると、君たちからイヤな色気を示されたりして、太宰もサロンに迎えられ、むざ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げた豆を拾い、猿芝居のように食ったりした。それがまた可笑しく、一層チャンチャン坊主の憐れを増し、見物人を悦ばせた。だが心ある人々は、重吉のために悲しみ、眉をひそめて嘆息した。金鵄勲章功七級・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・自分の猿芝居のような扱われ方をみた時、どんなに深刻にこれらの人々は自分の生、自分の運命、自分に連らなるすべての愛する人々の運命が、権力によって愚弄されたかということを知るだろう。選挙が迫っている、その人は選挙権を持っている。ところが、書類の・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・ 猿芝居舞台の下からつまだててそっとのぞいた猿芝居釣枝山台 緋毛せん灯かげはチラチラかがやいてほんにきれいじゃないかいナシャナリシャナリとねって行く赤いおべべの御猿さんかつらはしっくりはま・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・面にぎやかに啓蒙がされているけれども、婦人の二千九十一万余票を加えて代議士を選出し、成立した議会を、天皇という身分の人が、その意志で解散させることが出来るのだとしたら、何と選挙そのものが一場の苦々しい猿芝居であるだろう。天皇は衆議院を解散さ・・・ 宮本百合子 「矛盾とその害毒」
出典:青空文庫