・・・ われ近ごろ、猛き獅子と巨蠎と、沙漠の真中にて苦闘するさまを描ける洋画を見たり。題して沙漠の悲劇というといえどもこれぞ、すなわちこの世の真相なるべきか。げにこのわれなき世こそ治子の眼にはかくも映るなるべし。しかしてわれはいかん、われはい・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・男性は獅子であり、鷹であることを本色とするものだ。たまに飛び出して巣にかえらぬときもあろう。あまり小さく、窮屈に男性を束縛するのは、男性の世界を理解しないものだ。小さい几帳面な男子が必ずしも妻を愛し、婦人を尊敬するものではない。大事なところ・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 我邦には獅子虎の如きものなければ、獣には先ず狼熊を最も猛しとす。されば狼を恐れて大神とするも然るべきことにて、熊野は神野の義、神稲をくましねと訓むたぐいを思うに、熊をくまと訓むはあるいは神の義なるや知るべからず。(或曰、くまは韓語、或・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・手長、獅子、牡丹なぞの講釈を聞かせて呉れたあの理学士の声はまだわたしの耳にある。今度わたしはその人の愛したものを自分でもすこしばかり植えて見て、どの草でも花咲くさかりの時を持たないものはないことを知った。おそらくどんな芸術家でも花の純粋を訳・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・「真実の獅子や手長と成ったら、どうしても後れますネ。そのうちに一つ塾の先生方を御呼び申したい……何がなくとも皆さんに集って頂いて、これで一杯進げられるようだと可いんですけれど……」 翌朝高瀬は塾へ出ようとして、例のように鉄道の踏切の・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・髪は、ほどけて、しかもその髪には、杉の朽葉が一ぱいついて、獅子の精の髪のように、山姥の髪のように、荒く大きく乱れていた。 しっかりしなければ、おれだけでも、しっかりしなければ。嘉七は、よろよろ立ちあがって、かず枝を抱きかかえ、また杉林の・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・というのであったかいまは忘れたが、お前は何歳で獅子に救われ、何歳で強敵に逢い、何歳で乞食になり、などという予言を受けて、ちっともそれを信じなかったけれども、果してその予言のとおりになって行く男の生涯を描写した童話は、たいへん気にいって二、三・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ヒッポとは、ブラゼンバートお気にいりの牝獅子の名であった。アグリパイナは、産後のやつれた頬に冷い微笑を浮べて応答した。この子は、あなたのお子ではございませぬ。この子は、きっとヒッポの子です。 その、ヒッポの子、ネロが三歳の春を迎えて、ブ・・・ 太宰治 「古典風」
・・・近い岬の岩間を走る波は白い鬣を振り乱して狂う銀毛の獅子のようである。暗緑色に濁った濤は砂浜を洗うて打ち上がった藻草をもみ砕こうとする。夥しく上がった海月が五色の真砂の上に光っているのは美しい。 寛げた寝衣の胸に吹き入るしぶきに身顫いをし・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ アフリカは世界の動物園、野獣の楽園として永久に保存したい。天然物保存地帯として少なくもこの大陸内地の大部分を万国協定で指定してほしいと思うのである。 獅子のいる草原の中にどうも地震による断層らしく見えるものが写っている。あとで地震・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫