・・・ 心着けば、正面神棚の下には、我が姿、昨夜も扮した、劇中女主人公の王妃なる、玉の鳳凰のごときが掲げてあった。「そして、……」 声も朗かに、且つ慎ましく、「竜神だと、女神ですか、男神ですか。」「さ、さ。」と老人は膝を刻んで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 王さまは今ではよほど年を取ってお出でになるのですが、まだこれまで一度も王妃がおありになりませんでした。それには深いわけがありました。王さまは、お若いときに、よその国を攻めほろぼして王をお殺しになりました。その王には一人の王女がありまし・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・王さまも、王妃も、また家来の衆も、ひとしく王子の無事を喜び矢継早に、此の度の冒険に就いて質問を集中し、王子の背後に頸垂れて立っている異様に美しい娘こそ四年前、王子を救ってくれた恩人であるという事もやがて判明いたしましたので、城中の喜びも二倍・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・観客の大部分は無論子供であったので、われわれ異国の大供連はなんだか少しきまりが悪いようであった。王妃に扮した女優は恐ろしく肥った女であったが、美しい声で「鏡よ鏡よ」を歌った。それから二三日たって聞いてみると、ちょうどその晩に先生は激烈な腹部・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・ 一 夢 百、二百、簇がる騎士は数をつくして北の方なる試合へと急げば、石に古りたるカメロットの館には、ただ王妃ギニヴィアの長く牽く衣の裾の響のみ残る。 薄紅の一枚をむざとばかりに肩より投げ懸けて、白き二の腕さえ明・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ あの気の多い王妃などは、向うから出て来ても私はあってやるまい。 目のするどいフレデレキのお爺さんと、マリアテレサがしきりに何か話して居る。 笑いながら話して居るのに、どうした事か後では兵隊が恐ろしい顔をして居る事、 抜目の・・・ 宮本百合子 「暁光」
・・・左右には二つ並べて大きく先王と王妃の像を画いた額がかかってその下に火が燃してある。今のストーブとまでには発達しないごく雑な彫刻のある石板で四方をかこんだ窪い所に太い木の株を行儀よくかさねてある、その木と木の間から赤い焔が立ちのぼる。・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それは単に王とか王妃とかの「役」を示すのみであって、伎楽面に見られるような一定の表情の思い切った類型化などは企てられていない。かと言って、能面のある者のように積極的な表情を注意深く拭い去ったものでもない。面におけるこのような芸術的苦心はおそ・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫