・・・私は、王子さまのいないシンデレラ姫。あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか? もう、ふたたびお目にかかりません。 太宰治 「女生徒」
・・・の大きな写真版をひろげて、そればかりを見つめながら箸を動かしていたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚・・・ 太宰治 「俗天使」
「まあ、綺麗。お前、そのまま王子様のところへでもお嫁に行けるよ。」「あら、お母さん、それは夢よ。」 この二人の会話に於いて、一体どちらが夢想家で、どちらが現実家なのであろうか。 母は、言葉の上ではまるで夢想家のよ・・・ 太宰治 「フォスフォレッスセンス」
・・・馬に乗った綺麗な王子が、たそがれの森の中に迷い込んで来たのです。それは、この国の十六歳の王子でした。狩に夢中になり、家来たちにはぐれてしまい、帰りの道を見失ってしまったのでした。王子の金の鎧は、薄暗い森の中で松明のように光っていました。婆さ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そこでチルナウエルは次第に小さい銀行員たることを忘れて、次第に昔話の魔法で化された王子になりすました。 珈琲店では新しい話の種がたっぷり出来た。伯爵中尉の気まぐれも非常であるが、小さい銀行員の僥倖も非常である。あんな結構な旅行を、何もあ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・物や家屋や景色や、あるいは実在なものの代用をするセットの類をショットの標的とする普通の映画のほかに、全くこれら実在のものを使わずそのかわりに黒い紙を切り抜いたシルエットの人形と背景を使った「アクメード王子の冒険」や、わが国特産の千代紙人形映・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 震災前と比べて王子赤羽界隈の変り方のはげしいのに驚いた。近頃の東京近郊の面目を一新させた因子のうちで最も有効なものと云えば、コンクリートの鋪装道路であろうと思われる。道路に土が顔を出している処には近代都市は存在しないということになるら・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ 十月二十九日、土曜。王子電車で小台の渡しまで行った。名前だけで想像していたこの渡し場は武蔵野の尾花の末を流れる川の岸のさびしい物哀れな小駅であったが、来て見るとまず大きな料理屋兼旅館が並んでいる間にペンキ塗りの安西洋料理屋があった・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・これを例すれば植物園門前の細流を見てその源を巣鴨に探り、関口の滝を見ては遠きをいとわず中野を過ぎて井の頭の池に至り、また王子音無川の流の末をたずねては、根岸の藍染川から浅草の山谷堀まで歩みつづけたような事がある。しかしそれはいずれも三十前後・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ 江北橋の北詰には川口と北千住の間を往復する乗合自動車と、また西新井の大師と王子の間を往復する乗合自動車とが互に行き交っている。六阿弥陀と大師堂へ行く道しるべの古い石が残っている。葭簀張りの休茶屋もある。千住へ行く乗合自動車は北側の堤防・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫