・・・そのチャンチャン坊主の支那兵たちは、木綿の綿入の満洲服に、支那風の木靴を履き、赤い珊瑚玉のついた帽子を被り、辮髪の豚尾を背中に長くたらしていた。その辮髪は、支那人の背中の影で、いつも嘆息深く、閑雅に、憂鬱に沈思しながら、戦争の最中でさえも、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・又動物の中にだってヒドラや珊瑚類のように植物に似たやつもあれば植物の中にだって食虫植物もある、睡眠を摂る植物もある、睡る植物などは毎晩邪魔して睡らせないと枯れてしまう、食虫植物には小鳥を捕るのもあり人間を殺すやつさえあるぞ。殊にバクテリアな・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ その頃大変流行った、前髪を切下げた束髪にして、真赤な珊瑚の大きな簪を差した友子さんは、紅をつけた唇を曲げながら、「貴女はどうお思いになって?」と、政子さんの返事を求めました。 子供の時から、姉妹のように暮している政子さんと・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・なかのものがその辺にとりちらされ、鼈甲のしんに珊瑚の入った花の簪が早朝の黒い土に落ちて、濡れていた。 一番終りのときは、弟二人が大きくなっていた。上の弟が夜あけに不図目をあけたら、足許の戸棚のところに何か黒いものが見えたので、何の気なし・・・ 宮本百合子 「からたち」
・・・親の寝た間に山を出で城の門まで来は来たが赤い木の実は見えもせず路は分らず日は暮れる長い廊下のまどの下何やら赤いものがある、そっとしのむで来て見ればこは姫君のかんざしか珊瑚の玉か恥かしやたべてよいやら悪い・・・ 宮本百合子 「旅人(一幕)」
・・・ 海にある通りの珊瑚が、碧い水底に立派な宮殿を作り、その真中に、真珠のようなたくさんの泡に守られた、小さな小さな人魚が、紫色の髪をさやさやと坐っています。 なんという綺麗なのでしょう。ユーラスは、すっかりびっくりしてしまいました。今・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 私みたいに珊瑚の粉や瑪瑙のまぼしい様な色をお友達にして居る人間はやっぱりその方がすきですよ。 そして又その方がする仕事につり合った気持だもの。 こんな事を云いながら美くしい濃い芸を見せると云って京子は散々に松蔦をほめちぎっ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・遠見に淡く海辺風景を油絵で描き、前に小さい貝殼、珊瑚のきれはし、海草の枝などとり集めて配合した上を、厚く膨んだ硝子で蓋したものだ。薄暗い部屋だから、眼に力をこめて凝視すると、画と実物の貝殼などとのパノラマ的効果が現れ、小っぽけな窓から海底を・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・西鶴の短篇小説の中には、大坂や江戸の大商人の妻や娘が、どんなに贅を極めた服装をし、帯に珊瑚をつけ、珍らしい舶来の呉絽服綸の丸帯をつくり、高価な頭飾りをつくったかということが、こまごまと書かれている。金銭出納細目帳のようにまで書かれている。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ この七顆の珊瑚の珠を貫くのは何の緒か。誰が連れて温泉宿には来ているのだろう。 漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。 真赤なリボンの幾つかが燃える。 娘の一人が口に銜んでいる丹・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫