・・・そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になった杉山のすぐ上からではなく、そこからかなりの距りを持ったところにあったことであった。そこへ来てはじめて薄り見えはじめる。それから見る見る巨きな姿をあ・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・生も死も、宇宙万般の現象も尋常茶番となって了う。哲学で候うの科学で御座るのと言って、自分は天地の外に立ているかの態度を以てこの宇宙を取扱う。Full soon thy soul shall have her earthly frei・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 二 倫理学の入門 倫理学の祖といわれるソクラテス以来最近のシェーラーやハルトマンらの現象学派の倫理学にいたるまで、人間の内面生活ならびに社会生活の一切の道徳的に重要な諸問題が、それを一貫する原理の探究を目ざしてとり・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・氷が次第に地上にもれ上って来ることなどは、内地では見られない現象だ。 子供達は、言葉がうまく通じないなりに、松木に憐れみを求め、こびるような顔つきと態度とを五人が五人までしてみせた。 彼等が口にする「アナタア」には、露骨にこびたアク・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ これでこの一条の談は終りであるが、骨董というものに附随して随分種の現象が見られることは、ひとりこの談のみの事ではあるまい。骨董は好い、骨董はおもしろい。ただし願わくはスラリと大枚な高慢税を出して楽みたい。廷珸や正賓のような者に誰しも関・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、まだ幾万年しかへていない人間社会にあって、つねに弱肉強食の修羅場を演じ、多数の弱者が直接・間接に生存競争の犠牲となるのは、目下のところやむをえぬ現象で、天寿をまっとうして死ぬというねが・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・春は花咲き、秋は紅葉する自然の現象と全く似ていた。自然には、かなわない。ときどきかれは、そう呟いて、醜く苦笑した。けれども、全部に負けた、きれいに負けたと素直に自覚して、不思議にフレッシュな気配を身辺に感じることも、たまにはあった。人間はこ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ところが近代になって電子などというものが発見され、あらゆる電磁気や光熱の現象はこの不思議な物の作用に帰納されるようになった。そしてこの物が特別な条件の下に驚くべき快速度で運動する事も分って来た。こういう物の運動に関係した問題に触れ初めると同・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・偶然の現象であるのかも知れないが、考え方によっては全然関係がないとも言われまい。 戦争中にも銀座千疋屋の店頭には時節に従って花のある盆栽が並べられた。また年末には夜店に梅の鉢物が並べられ、市中諸処の縁日にも必ず植木屋が出ていた。これを見・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・文造は此の気象の激変に伴う現象を怖れた。彼は番小屋へ駆け込んで太十を喚んだ。太十は死んだようになって居る。「北の方はひでえケイマクだ。おっつあん遁げたらよかねえか」「うるせえな」 太十は僅にこういった。彼は精神の疲労から迚ても動・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫