・・・ この瑣末な経験はいろいろなことを自分に教えてくれた。 最初気づいた時にはおそらく、微弱な風がちょうど偶然太陽の方向に流れていたであろう、それを考えないで、とんぼの尻をねじ向けたのは太陽だと早のみ込みをしてしまったのであった。 ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・こんな些末なところにも現代の慌だしさが出ているかもしれないと思われる。 もう一つの子規自筆の記念品は、子規の家から中村不折の家に行く道筋を自分に教えるために描いてくれた地図である。子規常用の唐紙に朱罫を劃した二十四字十八行詰の原稿紙いっ・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ この集の内容は例によって主として身辺瑣事の記録や追憶やそれに関する瑣末の感想である。こういうものを書く場合に何かひと言ぐらい言い訳のようなことをかく人も多いようである。考え方によればそれも必要かもしれない。しかし、いかなる個人でもその・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・幼時の記憶には実に些末なような事柄が非常に強く印象に残っていることがある。そういうことは意識的にはつまらぬことのようでも、意識の水準以下で、どんな思いも寄らない重大な意義をもち、どんな重大な影響を生涯に及ぼしているかもしれない、しかしそれを・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・従ってここでいうところのチューインガム亡国論も畢竟はただ一場の空論に過ぎないと云われても仕方がないであろうが、しかしこの些末な嗜好品の流行の事実もそう軽々には見遁すことの出来ないものではあろうと思われる。 また考え直してみると日本という・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・しかし、それでもいいからと云われるので、ではともかくもなるべくよく読み返してみてからと思っているうちに肝心な職務上の仕事が忙しくて思うように復習も出来ず、結局瑣末な空談をもって余白を汚すことになったのは申訳のない次第である。読者の寛容を祈る・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・それでその、人の真似をするということは、子供の内から始まって、今言ったような些末の事柄ばかりでない、道徳的にもあるいは芸術的にも、社会上においてもそうである。無論流行などは人の真似をする。われわれが極く子供の内は東京の者はこんな薩摩飛白など・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ けだしそのこれを軽蔑するとは、学理を妄談なりとして侮るに非ず、ただこれを手軽にみなして、いかなる俗世界の些末事に関しても、学理の入るべからざるところはあるべからずとの旨を主張し、内にありては人生の一身一家の世帯より、外に出ては人間の交・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・今日にありても儒者の教に養育しられたる者は、これらの談を聴きて瑣末の事なりと思うべけれども、決して然らず。 欧州近時の文明は皆、この物理学より出でざるはなし。彼の発明の蒸汽船車なり、鉄砲軍器なり、また電信瓦斯なり、働の成跡は大なりといえ・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・えばきらいであり、バルザックがフランスの全歴史を描いている、典型的な時代における典型的人物を描いたリアリストであるというような手紙をドイツからイギリスの或る女作家に書いた人の手紙が出たからと云って急に瑣末描写と受動性のお守りにつかおうとする・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫