・・・ 神山はにやにや笑いながら、時計の紐をぶら下げた瑪瑙の印形をいじっていた。「あんな所に占い者なんぞがあったかしら。――御病人は南枕にせらるべく候か。」「お母さんはどっち枕だえ?」 叔母は半ばたしなめるように、老眼鏡の眼を洋一・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・極かいつまんだだけをお話しても、杜子春が金の杯に西洋から来た葡萄酒を汲んで、天竺生れの魔法使が刀を呑んで見せる芸に見とれていると、そのまわりには二十人の女たちが、十人は翡翠の蓮の花を、十人は瑪瑙の牡丹の花を、いずれも髪に飾りながら、笛や琴を・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 椅子を差置かれた池の汀の四阿は、瑪瑙の柱、水晶の廂であろう、ひたと席に着く、四辺は昼よりも明かった。 その時打向うた卓子の上へ、女の童は、密と件の将棋盤を据えて、そのまま、陽炎の縺るるよりも、身軽に前後して樹の蔭にかくれたが、枝折・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ この血だらけの魚の現世の状に似ず、梅雨の日暮の森に掛って、青瑪瑙を畳んで高い、石段下を、横に、漁夫と魚で一列になった。 すぐここには見えない、木の鳥居は、海から吹抜けの風を厭ってか、窪地でたちまち氾濫れるらしい水場のせいか、一条や・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 夏草やつわものどもが、という芭蕉の碑が古塚の上に立って、そのうしろに藤原氏三代栄華の時、竜頭の船を泛べ、管絃の袖を飜し、みめよき女たちが紅の袴で渡った、朱欄干、瑪瑙の橋のなごりだと言う、蒼々と淀んだ水の中に、馬の首ばかり浮いたような、・・・ 泉鏡花 「七宝の柱」
・・・その空溝を隔てた、葎をそのまま斜違いに下る藪垣を、むこう裏から這って、茂って、またたとえば、瑪瑙で刻んだ、ささ蟹のようなスズメの蝋燭が見つかった。 つかまえて支えて、乗出しても、溝に隔てられて手が届かなかった。 杖の柄で掻寄せようと・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・目の下の汀なる枯蘆に、縦横に霜を置いたのが、天心の月に咲いた青い珊瑚珠のように見えて、その中から、瑪瑙の桟に似て、長く水面を遥に渡るのは別館の長廊下で、棟に欄干を繞した月の色と、露の光をうけるための台のような建ものが、中空にも立てば、水にも・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・……榎は榎、大楠、老樫、森々と暗く聳えて、瑠璃、瑪瑙の盤、また薬研が幾つも並んだように、蟠った樹の根の脈々、巌の底、青い小石一つの、その下からも、むくむくとも噴出さず、ちろちろちろちろと銀の鈴の舞うように湧いています。不躾ですが、御手洗で清・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 縞瑪瑙の縞がリーゼガング類似の現象によって生じたものだということになっているらしいが、あの不規則な縞がそれだけでうまく説明されるかどうか、ここにも疑問があると思われる。 また少し脱線ではあるが雲紋竹と称して、竹の表面に褐色の不規則・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・村の町には名物の瑪瑙細工やら牛の角細工を並べた店ばかり連なって、こういう所にはおきまりのキネマが自働ピアノで客を呼んでいました。パリあたりから来ているらしい派手な服装をした女が散歩していました。 シャモニからゼネヴへ帰って、郊外に老学者・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
出典:青空文庫