・・・深山幽谷の中に置かれた発電所は、われわれの眼にはやはりその環境にぴったりはまってザハリッヒな美しさを見せている。例えば悪趣味で人を呼ぶ都会の料理屋の造り庭の全く無意味なこけおどしの石燈籠などよりも、寸分無駄のない合理的な発電所や変圧所の方が・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・なるほど、もしも人形の顔なりからだなりが、あまりに平凡な写実的のものであったとしたら、おそらく人形の劇的表情は半分以上消えてしまうであろうのみならず、不自然、非写実的な環境の中に孤立した写実は全く救い難い破綻を見せるであろう。 女形が女・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・それが下宿屋の荒涼な環境との対比であるにしても少しあくが強すぎるような気がするがそこがドイツ向きなところかもしれない。ここの楽屋で始終影のようにつきまとう一人の道化師がある。これが不思議な存在である。断えず出入りしているが劇中の人には見えな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 動物でも、なんとなしに不格好に見えるのはやはり現在の地球上に支配する環境の中で生活するのに不便なようにできているのではないかと思われてくる。犀などがだんだんに人間に狩り尽くされて絶滅しかけているという事実はたしかに彼らが現世界に生存す・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・暗鬱な北国地方の、貧しい農家に生れて、教育もなく、奴隷のような環境に育った男は、軍隊において、彼の最大の名誉と自尊心とを培養された。軍律を厳守することでも、新兵を苛めることでも、田舎に帰って威張ることでも、すべてにおいて、原田重吉は模範的軍・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・もちろんその事情の第一番は、僕の孤独癖や独居癖やにもとづいて居り、全く先天的気質の問題だが、他にそれを余儀なくさせるところの、環境的な事情も大いにあったのである。元来こうした性癖の発芽は、子供の時の我がまま育ちにあるのだと思う。僕は比較的良・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ その新帰朝者という人は、こういう若い女性のいじらしい大努力に立つ計画性にはふれていない生活環境にいるのでしょう。彼の周囲には、ぐちをいいいいプカプカたかいタバコをすっている男たちがおり、彼のひらく雑誌は、抽象的論議だらけの旧型綜合雑誌・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・あれをよむと、おそろしいような生々しさで、子供だったゴーリキイの生きていた環境の野蛮さ、暗さ、人間の善意や精力の限りない浪費が描かれている。その煙の立つような生存の渦のなかで、小さいゴーリキイは、自分のまわりにどんな一冊の絵本ももたなかった・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・ 成程これは余分なルーブルをポケットに入れている人間にとっては油断ならぬ空間的、時間的環境だ。少くともここに押しよせた連中は二十分の停車時間の間に、たった一人ののぼせた売子から箱かインク・スタンドか、或はYのようにモスクワから狙いをつけ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ 今日新しい社会的な環境の中で、両性の協力ということを友情や、恋愛の感情の基本にあるものとして、一般がとり上げ初めたこと、そして私もその角度から率直に、話せるようになって来た事。このことを考えただけでも、日本の社会が絶大な犠牲を払って歩・・・ 宮本百合子 「あとがき(『幸福について』)」
出典:青空文庫