・・・のみならず頸のまわりへ懸けた十字架形の瓔珞も、金と青貝とを象嵌した、極めて精巧な細工らしい。その上顔は美しい牙彫で、しかも唇には珊瑚のような一点の朱まで加えてある。…… 私は黙って腕を組んだまま、しばらくはこの黒衣聖母の美しい顔を眺めて・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・浮べる眉、画ける唇、したたる露の御まなざし。瓔珞の珠の中にひとえに白き御胸を、来よとや幽に打寛ろげたまえる、気高く、優しく、かしこくも妙に美しき御姿、いつも、まのあたりに見参らす。 今思出でつと言うにはあらねど、世にも慕わしくなつかしき・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・堪らず袖を巻いて唇を蔽いながら、勢い釵とともに、やや白やかな手の伸びるのが、雪白なる鵞鳥の七宝の瓔珞を掛けた風情なのを、無性髯で、チュッパと啜込むように、坊主は犬蹲になって、頤でうけて、どろりと嘗め込む。 と、紫玉の手には、ずぶずぶと響・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ ファン・エックの聖母は高貴な瓔珞をいただいているが子どもにはぐくませる乳房のふくらみなく、その手は細く、しなやかであるが、抱いてる子どもの重さにもたえそうにもない。これに反しデューラーのマリアは貧しい頭巾をかぶっているが乳房は健かにふ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・もう一つの説によると、「玉虫色の小さな馬に乗って、猩々緋のようなものの着物を着て、金の瓔珞をいただいた」女が空中から襲って来て「妖女はその馬の前足をあげて被害の馬の口に当ててあと足を耳からたてがみにかけて踏みつける、つまり馬面にひしと組みつ・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ 出来上がったものは結局「言語の糸で綴られた知識の瓔珞」であるとも云える。また「方則」はつまりあらゆる言語を煎じ詰めたエキスであると云われる。 道具を使うという事が、人間以外にもあるという人がある。蜘蛛が網を張ったり、ある種の土蜂が・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・ 天人の衣はけむりのようにうすくその瓔珞は昧爽の天盤からかすかな光を受けました。(ははあ、ここは空気の稀薄が殆んど真空に均しいのだ。だからあの繊細な衣のひだをちらっと乱私はまた思いました。 天人は紺いろの瞳を大きく張ってまたたき・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・大人もあれば美しい瓔珞をかけた女子もございました。その女子はまっかな焔に燃えながら、手をあのおしまいの子にのばし、子供は泣いてそのまわりをはせめぐったと申しまする。雁の老人が重ねて申しますには、(私共は天の眷属でございます。罪があってた・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・お星さまをちりばめたような立派な瓔珞をかけていました。お月さまが丁度その方の頭のまわりに輪になりました。 右と左に少し丈の低い立派な人が合掌して立っていました。その円光はぼんやり黄金いろにかすみうしろにある青い星も見えました。雲がだんだ・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ その子供らは羅をつけ瓔珞をかざり日光に光り、すべて断食のあけがたの夢のようでした。ところがさっきの歌はその子供らでもないようでした。それは一人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の梢を見あげながら歌い出したからです。・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
出典:青空文庫