・・・と鼻を鳴らすの、乾草を刃物で切る様な響をたてて喰べて居るのなどが入りまじって、静かな様な、やかましい様な音をたてて居る。 わきに少しはなれて子牛と母牛を入れてある処がある。乳臭い声で「ミミミミ」と甘える声や、可哀くてたまらない様にそれに・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・しかし後になっておいおいにわかって来たことであるが、漱石に楯をついていた先輩の連中でも、皆それぞれに漱石に甘える気持ちを持っていた。それを漱石は心得ており、気炎をあげる連中は自分で気づかずにいたのだと思う。 この木曜会の気分は私には非常・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・ 私はこんな空想にふけりながら、ぼんやり乳飲み児を見おろしている母親の姿をながめ、甘えるらしく自分により掛かってくる女の子を何か小声で言いなだめているらしい、老婆の姿をながめ、見るともなく正面を見つめている老爺の悲しむ力をさえ失ったよう・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫