・・・犀などがだんだんに人間に狩り尽くされて絶滅しかけているという事実はたしかに彼らが現世界に生存するに不利益な条件を備えているためであろう。 過去のある時代には犀のようなものが時を得顔に横行したこともあったのである。その時代の環境のいかなる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・かくして先生は現代の生存競争に負けないため、現代の人たちのする事は善悪無差別に一通りは心得ていようと努めた。その代り、そうするには何処か人知れぬ心の隠家を求めて、時々生命の洗濯をする必要を感じた。宿なしの乞食でさえも眠るにはなお橋の下を求め・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・あなた自身も知らないというような落胤があって、世に生存していたらおかしなものですな。」と言う。「むかしの小説や芝居なら知らないこと、そんな事はあり得ないはなしだ。」とわたくしは重ねて否定したが、しかし人生には意表に出る事件がないとも限ら・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・しかし人間精神上の生活において、吾人がもし一イズムに支配されんとするとき、吾人は直に与えられたる輪廓のために生存するの苦痛を感ずるものである。単に与えられたる輪廓の方便として生存するのは、形骸のために器械の用をなすと一般だからである。その時・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・学を勉め、西洋文明の学問を主として、その真理原則を重んずることはなはだしく、この点においては一毫の猶予を仮さず、無理無則、これ我が敵なりとて、あたかも天下の公衆を相手に取りて憚るところなく、古学主義の生存するところを許さざるほどに戦う者なり・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・物の生存の上よりいわば、意あっての形形あっての意なれば、孰を重とし孰を軽ともしがたからん。されど其持前の上よりいわば意こそ大切なれ。意は内に在ればこそ外に形われもするなれば、形なくとも尚在りなん。されど形は意なくして片時も存すべきものにあら・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・これによれば彼が生存せし間は俳名の画名を圧したらんかとも思わるれど、その歿後今日に至るまでは画名かえって俳名を圧したること疑うべからざる事実なり。余らの俳句を学ぶや類題集中蕪村の句の散在せるを見てややその非凡なるを認めこれを尊敬すること深し・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・かの巨大なるバナナン軍団のただ十六人の生存者われわれもまた死ぬばかりであります。この際私が将軍の勲章とエボレットとを盗みこれを食しますれば私共は死ななくても済みます。そして私はその責任を負って軍法会議にかかりまた銃殺されようと思います。」・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・この種の問題が、ここで扱われているような場合に――食糧問題は、台所やりくりではなくて、男も女もひっくるめた全人民の生存のための問題であり、女子労働の悪条件と悲劇的な女子失業の現象は、とりも直さず全勤労人口の問題であるとして捉えられたとき――・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 宇宙の間で、これまでサフランはサフランの生存をしていた。私は私の生存をしていた。これからも、サフランはサフランの生存をして行くであろう。私は私の生存をして行くであろう。 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫