・・・ 時に、その年は、獲ものでなしに、巣の白鷺の産卵と、生育状態の実験を思立たれたという。……雛ッ子はどんなだろう。鶏や、雀と違って、ただ聞いても、鴛鴦だの、白鷺のあかんぼには、博物にほとんど無関心な銑吉も、聞きつつ、早くまず耳を傾けた。・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・各階級層を通じて、本能的に生育しつつある児童の生活を見、理論でなしに愛情によってはぐくまんとします。かゝる一群の作家こそ、独り芸術の力の何たるかを解し、そして、童話こそは、詩的要素に富む、芸術でなければならぬと主張する輩です。 学校・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・されどその民の土やせて石多く風勁く水少なかりしかば、聖者がまきしこの言葉も生育に由なく、花も咲かず実も結び得で枯れうせたり。しかしてその国は荒野と変わりつ。 路傍の梅 少女あり、友が宅にて梅の実をたべしにあまりに・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・その児の生育のためには、母はたのしんでその心血をしぼるのである。年少の者が、かくして自己のために死に抗するのも自然である。長じて、種のために生をかろんずるにいたるのも、自然である。これは、矛盾ではなくして、正当の順序である。人間の本能は、か・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・なる生殖は常に健全なる生活から出るのである、斯くて新陳代謝する、種保存の本能大に活動せるの時は、自己保存の本能は既に殆ど其職分を遂げて居る筈である、果実を結ばんが為めには花は喜んで散るのである、其児の生育の為めには母は楽しんで其心血を絞るの・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ ロマンスの洪水の中に生育して来た私たちは、ただそのまま歩けばいいのである。一日の労苦は、そのまま一日の収穫である。「思い煩うな。空飛ぶ鳥を見よ。播かず。刈らず。蔵に収めず。」 骨のずいまで小説的である。これに閉口してはならない。無・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・彼の過敏になった想像はもうそれが立派に生育して花をつけたさまを描いていた。某画伯のこの花を写生した気持ちのいい絵の事をも思い出したりしていた。 再び通りかかった細君に「オイわかったよ、フリージアだよ、これは……」と言って説明しようとした・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ 東京市全部の地図が美しい大公園になってそこに運動場や休息所がほどよく配置され、地下百尺二百尺の各層には整然たる街路が発達し、人工日光の照明によって生育された街路樹で飾られている光景を想像することもそれほど困難ではないように思われるので・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・しかしそれはごく近代のことであって、日清戦争以前の本来の日本人を生育して来た気候はだいたいにおいて温帯のそれであった。そうしていわゆる温帯の中での最も寒い地方から最も暖かい地方までのあらゆる段階を細かく具備し包含している。こういうふうに、互・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ サイクラメンのほうは少し生育が充分でなかった。花にもなんだか生気が少なく、葉も少し縮れ上がって、端のほうはもう鳶色に朽ちかかっていた。自分はこの花について妙な連想がある。それはベルリンにいたころの事である。アカチーン街の語学の先生の誕・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
出典:青空文庫