・・・それから以来習慣が付き、子を産む度毎に必ず助産のお役を勤め、「犬猫の産科病院が出来ればさしずめ院長になれる経歴が出来た、」と大得意だった。 不思議な事にはこれほど大切に可愛がっていたが、この猫には名がなかった。家族は便宜上「白」と呼んで・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 四月二日朝、おせいは小石川のある産科院で死児を分娩した。それに立合った時の感想はここに書きたくない。やはり、どこまでも救われない自我的な自分であることだけが、痛感された。粗末なバラックの建物のまわりの、六七本の桜の若樹は、もはや八・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 彼の眺めていたのは一棟の産科婦人科の病院の窓であった。それは病院と言っても決して立派な建物ではなく、昼になると「妊婦預ります」という看板が屋根の上へ張り出されている粗末な洋風家屋であった。十ほどあるその窓のあるものは明るくあるものは暗・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼女はさっきまで子供外套の裁断をしていたのだ。産科医の注意で、彼女は一日のうちに幾度かそうやって、かけていれば立って歩く、たっていればかける、或は体を長くのばして横わる。いろいろ姿勢をかえる必要があるのであった。それが書き物机にもなるし食卓・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫