・・・これは、会主のお宅へ参上してお礼を申し上げるのが本式なのであるが、手紙でも差しつかえ無い。ただ、その御礼の手紙には、必ず当日は出席する、と、その必ずという文字を忘れてはいけないのである。その必ずという文字は、利休の「客之次第」の秘伝にさえな・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・そのわけは、とにかく日記を読んでもらった後で申し上げることにしたい。ここには、勾当二十六歳、青春一年間の日記だけを、展開する。全日記の、謂わば四十分の一に過ぎない。けれども、読者に不足を感じさせるような事は無い。そのわけも、日記の「あとかき・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・「それだから早く御越し遊ばせと申し上げるのに、あなたが余り剛情を御張り遊ばすものだから――」「これから剛情はやめるよ。――ともかくあした早く四谷へ行って見る事にしよう。今夜これから行っても好いが……」「今夜いらしっちゃ、婆やは御・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ただ自分だけで、そう思っていればすむ事を、かように何のかのと申し上げるのは、演説を御頼みになった因果でやむをえず申し上げるので、もしこれを申し上げないと、いつまでたっても文学談に移る事はできないのであります。 さて抽象の結果として、時間・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・はなはだ遅まきの話で慚愧の至でありますけれども、事実だから偽らないところを申し上げるのです。 私はそれから文芸に対する自己の立脚地を堅めるため、堅めるというより新らしく建設するために、文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。一口でいう・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・「私は実は宣伝書にも云って置いた通り充分詳しく論じようと思ったがさっきからのくしゃくしゃしたつまらない議論で頭が痛くなったからほんの一言申し上げる、魚などは諸君が喰べないたって死ぬ、鰯なら人間に食われるか鯨に呑まれるかどっちかだ。つぐみ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ あなたに申し上げるのを忘れましたが、この間達治さんが広島へ入営したとき、私がお送りした御餞別の僅かな金で、黄色いメリンスの幟をおつくりになりました由。その手紙をお母様からいただき、私はいろいろ感服いたしました。 私の机の上に一寸想・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ほかの小姓が申し上げると、「よい、出させい」と言う。忠利はこの男の顔を見ると、反対したくなるのである。そんなら叱られるかというと、そうでもない。この男ほど精勤をするものはなく、万事に気がついて、手ぬかりがないから、叱ろうといっても叱りようが・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 男はようようわかったらしく、「お奉行様には子供が物を申し上げることはできない、親が出て来るがいい」と言った。「いいえ、父はあしたおしおきになりますので、それについてお願いがございます。」「なんだ。あしたおしおきになる。それじゃ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ この書の成るに当たって、永い間本を借してくだすった井上先生、大塚先生、小山内薫氏、本を送ってくだすった原太三郎氏、及び本の捜索に力を借してくだすった阿部次郎氏、岩波茂雄氏に厚くお礼を申し上げる。 大正四年八月鵠沼にて・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫