・・・ 寝しずまった町並を、張りのある男声の合唱が鳴りひびくと、無頓着な無恥な高笑いがそれに続いた。あの青年たちはもう立止る頃だとクララが思うと、その通りに彼らは突然阪の中途で足をとめた。互に何か探し合っているようだったが、やがて彼ら・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 三人とも振返ると、町並樹の影に、その頸許が白く、肩が窶れていた。 かねて、外套氏から聞いた、お藻代の俤に直面した気がしたのである。 路地うちに、子供たちの太鼓の音が賑わしい。入って見ると、裏道の角に、稲荷神の祠があって、幟が立・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ここでちょっと通りと筋のことを言いますと、船場では南北の線よりも東西の線の方が町並みが発達しているので、東西の線を通りと呼び、南北の線を筋と呼んでいるが、これが島ノ内に来ると、反対に南北の方がひらけて、南北の線が通り、東西の線が筋になる、も・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・中井から家へ来るまでの、ほんの一二丁の町並も、もう松飾りをしたりして、福引をやっている。うちの瀬戸さんは、そこでモチアミをあてました。 神田では三省堂を出てから夜店の古本を見て十銭でエジソン伝など掘出し、あすこの不二家へよってコーヒーと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ いつしかレールは左右に幾条も現れ、汽車は高みを走って、低いところに、混雑して黒っぽい町並が見下せた。コールターで無様に塗ったトタン屋根の工場、工場、工場とあると思うと、一種異様な屑物が山積した空地。水たまり。煤をかぶった狭い不規則な地・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・ 雨あがりだから、おっとりした関西風の町並、名物の甃道は殊更歩くに快い。樟の若葉が丁度あざやかに市の山手一帯を包んで居る時候で、支那風の石橋を渡り、寂びた石段道を緑の裡へ登りつめてゆく心持。長崎独特の趣きがある。実際、長崎という市は、い・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
出典:青空文庫