・・・「今夜いらしっちゃ、婆やは御留守居は出来ません」「なぜ?」「なぜって、気味が悪くっていても起ってもいられませんもの」「それでも御前が四谷の事を心配しているんじゃないか」「心配は致しておりますが、私だって怖しゅう御座います・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・来た頃は留学中の或教授の留守居というのであったが、遂にここに留まることとなり、烏兎怱々いつしか二十年近くの年月を過すに至った。近来はしばしば、家庭の不幸に遇い、心身共に銷磨して、成すべきことも成さず、尽すべきことも尽さなかった。今日、諸君の・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・と銘を改め細川家にとって数々の名誉を与えるものとなったのであるが、彌五右衛門は、三斎公に助命された恩義を思って、江戸詰御留守居という義務からやっと自由になった十三年目に、欣然として殉死した。三斎公の言葉として、作者鴎外は、「総て功利の念を以・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 私共は用事があって夕刻から夜にかけて外出した。私は帰るなり訊いた。「どうして、鳥は」 留守居の若い娘は、弁解するように答えた。「いつまでも硝子戸をあけて置きましたが帰って参りませんから閉めてしまいましたけれど……」「い・・・ 宮本百合子 「春」
・・・ 某はこれ等の事を見聞候につけ、いかにも羨ましく技癢に堪えず候えども、江戸詰御留守居の御用残りおり、他人には始末相成りがたく、空しく月日の立つに任せ候。然るところ松向寺殿御遺骸は八代なる泰勝院にて荼だびせられしに、御遺言により、去年正月・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・辻番所組合遠藤但馬守胤統から酒井忠学の留守居へ知らせた。酒井家は今年四月に代替がしているのである。 酒井家から役人が来て、三人の口書を取って忠学に復命した。 翌十四日の朝は護持院原一ぱいの見物人である。敵を討った三人の周囲へは、山本・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫