・・・松平伊豆守なんてえ男もこれと同程度である。番傘を忠弥に差し懸けて見たりなんかして、まるで利口ぶった十五六の少年ぐらいな頭脳しかもっていない。だから、これらはまるで野蛮人の芸術である。子供がまま事に天下を取り競をしているところを書いた脚本であ・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・―― 私は小さい番傘をさし、裸足でザブザブ水を渉り花壇へ行って見た。保修工事が焦眉の問題であった。私は苦心して手頃な石ころを一杯拾って来た。傘は夙に放ぽり出し、土の流れを防ごうとして、一本一本根の囲りをこの小石で取繞んだ。が、瞬く間に情・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・その横丁は雨っぷりのとき、番傘を真直さしては入れない程狭かった。奥に、トタン屋根の長屋が五棟並んでいて一太のは三列目の一番端れであった。どの家だってごく狭いのだが、一太母子は一層狭い場所に暮した。「お前んち、どこ?」と訊かれると、一・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 番傘を、下から煽る風にふき上げられまいと母の上にかざして何百段かの石段をのぼりつめたとき、更に高い本殿まで昇って椽側に腰をおろしたとき、私のこころは憤りでふるえるようであった。子を無事にかえしてほしいと思う母親、許婚の命があるようにと・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・片手には大きな番傘を持ち、左の手は袖の口に入れて、袖口の処を一寸指先だけで内側にまげ肱を張って調子を取り、一足歩いては雪を下駄の歯から落し、又一足行っては置土産をし、来たあとを振りかえるとズーッと向うの曲り角から今自分の立って居る処まで、歯・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・生徒の小さ番傘が遠くまで並んでいた。灸は弁当を下げたかった。早くオルガンを聴きながら唱歌を唄ってみたかった。「灸ちゃん。御飯よ。」と姉が呼んだ。 茶の間へ行くと、灸の茶碗に盛られた御飯の上からはもう湯気が昇っていた。青い野菜は露の中・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫