・・・ただ心持色が白くなったのと、年のせいか顔にどこか愛嬌がついたのが自分の予期と少し異なるだけで、他は昔のままのS禅師であった。「私ももう直五十二になります」 自分は老師のこの言葉を聞いた時、なるほど若く見えるはずだと合点が行った。実を・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・如何に同様な考え方がドイツとフランスとによって異なるかが分る。ロックの経験論の影響を受けたコンディヤックの流からメーン・ドゥ・ビランなどが出たのも同様である。無論、コンディヤックの感覚というのが、既にロックなどの感覚というものと同一のもので・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・政府にては学校といい、平民にては塾といい、政府にては大蔵省といい、平民にては帳場といい、その名目は古来の習慣によりて少しく不同あれども、その事の実は毫も異なることなし。すなわち、これを平民の政といいて可なり。 古より家政などいう熟字あり・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・その事業こそ異なれども、その人物の軽重にいたりては、毫も異なることなくして、ただ偶然にこの人物が学問に志して学者の業に安んずるがゆえに、その身の栄誉を表するの方便を得ず。かの人物が偶然に仕官に志して官吏の業につきたるがために、利禄にかねて栄・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 併し乍ら、元来文章の形は自ら其の人の詩想に依って異なるので、ツルゲーネフにはツルゲーネフの文体があり、トルストイにはトルストイの文体がある。其の他凡そ一家をなせる者には各独特の文体がある。この事は日本でも支那でも同じことで、文体は其の・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
余の初め歌を論ずる、ある人余に勧めて俊頼集、文雄集、曙覧集を見よという。それかくいうは三家の集が尋常歌集に異なるところあるをもってなり。まず源俊頼の『散木弃歌集』を見て失望す。いくらかの珍しき語を用いたるほかに何の珍しきこ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに車あり食うに肉あり。手を敲けば盃酒忽焉として前に出で財布を敲けば美人嫣然として後に現る。誰かはこれを指して客舎という。かかる客舎は公共の別荘めきていとうるさし。幾里の登り阪を草鞋のあら緒にくわれて見知ら・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ 女の作品 三篇に現われた異なる思想性 中本たか子氏は数年来、非常な困難を経て、肉体にも精神にも深い損傷を蒙った。それにもかかわらず、まだ健康も十分恢復していないのに、出獄してからもういく・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・幸なる事には異なる伽羅の大木渡来いたしおり候。然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。 その時・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・ この書を通読すれば、おそらく誰の目にも性質の異なる部分が識別せられるであろうと思う。は高坂弾正の立場で物を言っている部分である。は信玄一代記と山本勘助伝とのからみ合わせで、勘助の子の禅僧が書き残した記録を材料としたであろうと思われる。・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫