・・・もし事が約束どおりに運ばないため、月給も上がらず、東京へも帰れなかったあかつきには、その時こそ、先方さえ異存がなければ、自分の言ったようにする気だから、なにぶんよろしく頼むということもつけ加えた。自分は一応もっともだと思った。「そうお前・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・これは科学にあっても哲学にあっても必要の事であり、また便宜な事で誰しもそれに異存のあるはずはございません。例えば進化論とか、勢力保存とか云うとその言葉自身が必要であるばかりでなく、実際の事実の上において役に立っています。けれども悪くすると前・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・もし貴方がたがこういったら、そうしたら、いや猫じゃない、私はヒューマン・レースを代表しているのであると、こう断言するつもりである。異存はないでしょう。それならば、それで宜しい。 同時にそれだけかというとそうでもない。じゃ何を代表している・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・無論発起人でないから、ずいぶん異存もあったのですが、まあ入っても差支なかろうという主意から入会しました。ところがその発会式が広い講堂で行なわれた時に、何かの機でしたろう、一人の会員が壇上に立って演説めいた事をやりました。ところが会員ではあっ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・にし、男子女子の為めに配偶者を求むるは父母の責任にして、其男女が年頃に達すれば辛苦して之を探索し、長し短し取捨百端、いよ/\是れならばと父母の間に内決して、先ず本人の意向如何を問い、父母の決したる所に異存なしと答えて、事始めて成るの風なり。・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 複雑な生活経験によって豊富にされた大人が、なお十分の魅力を感じつつ読めるような作品が一つでも多く書かれなければならないということについては誰しも異存のあろうはずはないのである。しかし、私としては、この提唱に関して大変興味を刺戟され・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・第二部をかきはじめるころ、『新日本文学』にのせたいという話が出て、『展望』も新日本文学へならば異存をいうすじもないという考えだったし、わたしももとより異議なかった。しかし、その話は、立ち消えて、やはり同じ誌上につづけられそこで終結した。・・・ 宮本百合子 「「道標」を書き終えて」
・・・それには、誰にも一通り異存のない、民族の誇りという単純な固定した標準を押しつけて来た。こういう点から考えてみると、日本の最近数年間に「源氏物語」が官製翻訳され、文化上の偉い婦人作家といえば紫式部にきまったもののように扱われていたということに・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・それには誰も異存はあるまい。おれは島原で持場が悪うて、知行ももらわずにいるから、これからはおぬしが厄介になるじゃろう。じゃが何事があっても、おぬしが手にたしかな槍一本はあるというものじゃ。そう思うていてくれい」「知れたことじゃ。どうなる・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この点については自分は今でも異存がない。 しかし能面は伎楽面と様式を異にする。能面の美を明白に見得るためには、ちょうど能面に適したように眼鏡の度を合わせ変えなくてはならぬ。それによって前に病的、変態的、頽廃的と見えたものは、能面特有の深・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫