・・・電車の音、自動車の疾走戸外は音響に充ち少年は、頻りに口笛を吹く。静謐な家の中 机に向い自分は、我と我がひろき額、髪を撫でこする。 *心に興が満ちた時お前は、何でもするがよい。絵を描け、強い・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ ニージュニに新しくソヴェト・フォード製作工場が出来たという事実は、ソヴェトのような社会主義社会においては、単に首府モスクワの往来を、より沢山のトラックが地響たてて疾走するようになったというだけには止らない。一つの新しい工場は、きっと新・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・暗い田舎道を揺れながら乱暴に電車が疾走する。その窓硝子へ雨がかかり、内部の電燈で光って見える。なほ子は停留場へつく前に座席を立ち、注意して窓の外を覗いた。誰か迎えに来ていて呉れるであろうか。時間がおそかったし、第一、約束もしていないから当に・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・高速度カメラが夢中で疾走する人体の腿の筋肉をも見せる力をもっているように、こうして動きつつ、動かしつつ、動かされてもいる私たちの生活図を、野放図な刷毛使いでげてもの趣味に描くのではなく、作家自身の内外なる歴史性への感覚をも、活々と相連関する・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
・・・ひどい速力で印刷用紙を積んだトラックが行政部の前を疾走して来て右手の公園の方角へ消えた。 人通りが半分ほど途絶える。 辻馬車が、国営衣服裁縫所製のココア色レイン・コートを幾枚も束にして膝へ抱え込んでいる若者をのせてやって来た。まいた・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・田舎の間を平滑に疾走して来た列車は、今或る感情をもって都会へ自身を揉み入れるように石崖の下や複雑な青赤のシグナルの傍を突進している。 睡っていた百姓風の大きい男は白毛糸の首巻の上で目を瞠り、瞬きをせず、膝にとりおろした黄色い風呂敷包の上・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・なるほど乗合自動車はやっとロンドン市自用車疾走区域に入った。 汽船会社が始まった。また汽船会社がある。何とかドック会社がある。船舶保険株式会社がある。再び汽船会社だ。 その建物全体がそのまま金庫みたいな外観をもっていた。窓に金色・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ただ彼は彼を乗せている動かぬ露台が絶えず時間の上で疾走しつつあるのを感じたにすぎなかった。 彼は水平線へ半円を沈めて行く太陽の速力を見詰めていた。 ――あれが、妻の生命を擦り減らしている速力だ、と彼は思った。 見る間に、太陽はぶ・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫