・・・甚太夫はこの話を聞くと、一層病苦に堪えられなくなった。もし兵衛が病死したら、勿論いくら打ちたくとも、敵の打てる筈はなかった。と云って兵衛が生きたにせよ、彼自身が命を墜したら、やはり永年の艱難は水泡に帰すのも同然であった。彼はついに枕を噛みな・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・これはほとんど病苦と云うものの経験のない、赭ら顔の大男で、文武の両道に秀でている点では、家中の侍で、彼の右に出るものは、幾人もない。そう云う関係上、彼はこれまで、始終修理に対して、意見番の役を勤めていた。彼が「板倉家の大久保彦左」などと呼ば・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・長年の病苦に悩み抜いた揚句、静かに死を待っている老人のように。…… 四 まだ? 僕はこのホテルの部屋にやっと前の短篇を書き上げ、或雑誌に送ることにした。尤も僕の原稿料は一週間の滞在費にも足りないものだった。が、僕は僕・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ とお縫が尋ねると、勿体ないが汗臭いから焚き占めましょう、と病苦の中に謂ったという、香の名残を留めたのが、すなわちここに在る記念の浴衣。 懐しくも床さに、お縫は死骸の身に絡った殊にそれが肺結核の患者であったのを、心得ある看護婦でありなが・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ と汚い病苦の冷汗に……そよそよと風を恵まれた、浅葱色の水団扇に、幽に月が映しました。…… 大恩と申すはこれなのです。―― おなじ年、冬のはじめ、霜に緋葉の散る道を、爽に故郷から引返して、再び上京したのでありますが、福井までには・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・むかしの事を考えると、病苦を救われたお米さんに対して、生意気らしく恥かしい。 両手を炬燵にさして、俯向いていました、濡れるように涙が出ます。 さっという吹雪であります。さっと吹くあとを、ごうーと鳴る。……次第に家ごと揺るほどになりま・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・四年前――昭和六年八月十日の夜、中之島公園の川岸に佇んで死を決していた長藤十吉君を救って更生への道を教えたまま飄然として姿を消していた秋山八郎君は、その後転々として流転の生活を送った末、病苦と失業苦にうらぶれた身を横たえたのが東成区北生野町・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そしてこの間彼の精神の苦痛は身体の病苦と譲らなかったのはすなわち彼自身その不健康なるだけにいよいよ将来の目的を画家たるに決せんと悶いたからである。 それでこのごろは彼も煩悶の時を脱して決心の境に入り着々その方に向かって進んで来たが未だ故・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ わたくしが死刑を期待して監獄にいるのは、瀕死の病人が、施療院にいるのと同じである。病苦がはなはだしくないだけ、さらに楽かも知れぬ。 これはわたくしの性の獰猛なのによるか。痴愚なるによるか。自分にはわからぬが、しかし、今のわたくしは・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 私が死刑を期待して監獄に居るのは、瀕死の病人が施療院に居るのと同じである、病苦の甚しくないだけ更に楽かも知れぬ。 これ私の性の獰猛なるに由る乎、癡愚なるに由る乎、自分には解らぬが、併し今の私に人間の生死、殊に死刑に就ては、粗ぼ左の・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫