・・・蘇生したけれど彼は満面に豌豆大の痘痕を止めた。鼻は其時から酷くつまってせいせいすることはなくなった。彼は能く唄ったけれど鼻がつまって居る故か竹の筒でも吹くように唯調子もない響を立てるに過ぎない。性来頑健は彼は死ぬ二三年前迄は恐ろしく威勢がよ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ お熊は四十格向で、薄痘痕があッて、小鬢に禿があッて、右の眼が曲んで、口が尖らかッて、どう見ても新造面――意地悪別製の新造面である。 二女は今まで争ッていたので、うるさがッて室を飛び出した吉里を、お熊が追いかけて来たのである。「・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ペルリが浦賀へ来た時代に大儒息軒先生として知られ、雲井龍雄、藤田東湖などと交友のあった大痘痕に片眼、小男であった安井仲平のところへ、十六歳の時、姉にかわって進んで嫁し、質素ながら耀きのある生涯を終った佐代子という美貌の夫人の記録である。「と・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・大痘痕になるところを助ったんじゃあないの」 これは、種痘問答である。私共は別府にいる時既に知人から流行の天然痘予防の注意を受けていた。臼杵へ行くと、そこでは全町民強制種痘をしたという。まして、長崎へ行くのなら危険此上ないというK氏の言葉・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・兄弟同時にした疱瘡が、兄は軽く、弟は重く、弟は大痘痕になって、あまつさえ右の目がつぶれた。父も小さいとき疱瘡をして片目になっているのに、また仲平が同じ片羽になったのを思えば、「偶然」というものも残酷なものだと言うほかない。 仲平は兄と一・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫