・・・けれども粟野廉太郎には何の痛痒をも与えないであろう。「堀川君。」 パイプを啣えた粟野さんはいつのまにか保吉の目の前へ来ている。来ているのは格別不思議ではない。が、禿げ上った額にも、近眼鏡を透かした目にも、短かに刈り込んだ口髭にも、―・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・一撃に敵を打ち倒すことには何の痛痒も感じない代りに、知らず識らず友人を傷つけることには児女に似た恐怖を感ずるものである。 弱者とは友人を恐れぬ代りに、敵を恐れるものである。この故に又至る処に架空の敵ばかり発見するものである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・紙上に見渡される世事の報道には、いかに重大な事件が記載せられていても、老人の身には本より何等の痛痒をも感じさせぬので、遣り場のない其の視線は纔に講談筆記の上につなぎ留められる。しかも講談筆記の題材たるや既に老人の熟知するところ。其の陳腐にし・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・殊に病気の時など医師に対して自から自身の容態を述ぶるの法を知らず、其尋問に答うるにも羞ずるが如く恐るゝが如くにして、病症発作の前後を錯雑し、寒温痛痒の軽重を明言する能わずして、無益に診察の時を費すのみか、其医師は遂に要領を得ずして処方に当惑・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・家屋庭園の装飾はただちに我が形体の寒熱痛痒に感ずるに非ざれども、精神の風致を慰るの具にして、戸外の社会に交りてその社会の美を観るもまた、我が精神の情を慰めて愉快を覚えしむるの術なり。 現に今日の人間交際を見るに、いかなる人にても、交を求・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・またあるいは一方の病気の如き、固より他の一方に痛痒なけれども、あたかもその病苦を自分の身に引受くるが如くして、力のあらん限りにこれを看護せざるべからず。良人五年の中風症、死に至るまで看護怠らずといい、内君七年のレウマチスに、主人は家業の傍ら・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・すなわち国を立てまた政府を設る所以にして、すでに一国の名を成すときは人民はますますこれに固着して自他の分を明にし、他国他政府に対しては恰も痛痒相感ぜざるがごとくなるのみならず、陰陽表裏共に自家の利益栄誉を主張してほとんど至らざるところなく、・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 一応御報告というところへ云いつくせぬ小心な恨みをこめ、対手にはだが一向痛痒を与え得ず、父親が去ると、主任は椅子をずらして、「どうです」と自分に向った。「ああいうのをきいて、何と感じます」「あなた方が益々憎らしい」「・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・等と銘し、室生犀星氏が悪党の世界へ想念と趣向の遠足を試みている小説等とともに、痛い歯の根を押して見るような痛痒さの病的な味を、読者に迎えられたのであった。 石坂洋次郎氏の「麦死なず」という小説が、左翼運動への無理解や自己解剖を巧に作中人・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・だけれど、なにしろ日本はひどい封建性と軍国主義の残りが強いから、たとえば文化面における戦争協力の責任追求も、実にいい加減なものだし、追求されたそれぞれの文学者たちがまた一向本質的な痛痒を感じないで、武者小路実篤のように平気で、その平気さをブ・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
出典:青空文庫