・・・彼は姉が以前より少し痩せて、いくらかでも歩き振りがよくなったと思った。「さあ。あんた。先へ歩いて……」 姉が突然後ろを向いて彼に言った。「どうして」今までの気持で訊かなくともわかっていたがわざと彼はとぼけて見せた。そして自分から・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・第一、それじゃア痩せますもの」 上村は言って杯で一寸と口を湿して「僕は痩せようとは思っていなかった!」「ハッハッハッハッハッハッ」と一同笑いだした。「そこで僕はつくづく考えた、なるほど梶原の奴の言った通りだ、馬鹿げきっている・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・やっぱりえゝ豚がよその痩せこつと変ったりすると自分が損じゃせに。」「そんな、しかし一寸した慾にとらわれていちゃ仕様がない。……それじゃ、初めっから争議なんどやらなきゃええ。」健二はひとりで憤慨する口吻になった。 親爺は、間を置いて、・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・広く鼻高く、上り目の、朶少き耳、鎗おとがいに硬そうな鬚疎らに生い、甚だ多き髪を茶筅とも無く粗末に異様に短く束ねて、町人風の身づくりはしたれど更に似合わしからず、脇差一本指したる体、何とも合点が行かず、痩せて居れども強そうに、今は貧相なれども・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・一カ月以上も元気でお湯に入らなかったし、何日も一日一度の飯で歩き廻って、ゲッそり痩せてしまったこともある。一週間と同じ処に住んでいられないために、転々と住所をかえた。これ等のことが分らずにいて、長いうちにはウンとこたえていた。――それで、警・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・病気以来肉も落ち痩せ、ずっと以前には信州の山の上から上州下仁田まで日に二十里の道を歩いたこともある脛とは自分ながら思われなかった。「脛かじりと来たよ。」 次郎は弟のほうを見て笑った。「太郎さんを入れると、四人もいてかじるんだから・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・黒い羽を体へぴったり付けて、嘴の尖った頭を下へ向けて、動かずに何か物思に沈んだようにとまっている。痩せた体が寒そうである。 河は常よりも涸れている。いつも水に漬かっている一帯の土地がゆるい勾配をなして露われている。長々と続いている畠の畝・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・すごく、痩せている。弟妹たちに、馬、と呼ばれることがある。髪を短く切って、ロイド眼鏡をかけている。心が派手で、誰とでもすぐ友達になり、一生懸命に奉仕して、捨てられる。それが、趣味である。憂愁、寂寥の感を、ひそかに楽しむのである。けれどもいち・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・丈はすらりとしているし、眼は鈴を張ったようにぱっちりしているし、口は緊って肉は痩せず肥らず、晴れ晴れした顔には常に紅が漲っている。今日はあいにく乗客が多いので、そのまま扉のそばに立ったが、「こみ合いますから前の方へ詰めてください」と車掌の言・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫