・・・しかし再び興奮の発作が来ると彼の頭は霊妙な光で満ち渡ると同時に、眼界をおおっていた灰色の霧が一度に晴れ渡って、万象が透き通って見えるのである。 このように週期的に交代する二つの世界のいずれがほんとうであるかを決定したいと思って迷っていた・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ そういうかなり規則正しい爆笑の週期的発作が十秒ないし二十秒ぐらいの間隔をおいて実に根気よく繰り返されていた。 何を話しているか何がおかしいかわからない傍観者の自分には、この問題的な爆笑が全く機械的な現象のように思われて来た。何かわ・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・実際昔発狂していたのがいつのまにか直っていたのであるか、あるいは今でもやはり気違いであるけれどもその時に発作が起こらなかったというだけであるのか、それもあるいはそうかもしれない。しかしまた元来少しも狂気でないものを、誤って狂気と認定されて今・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・僕は人の前に出る毎に、この反対衝動の発作が恐ろしく、それの心配と制止観念とで、休む間もなく心を疲らし、気を張りきって居らねばならぬ。その苦しさと苛だたしさとは、到底筆紙に説明することが出来ないのである。しかも表面はさりげなく、普通に会話して・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・妻も一処に怒りて争うは宜しからず、一時発作の病と視做し一時これを慰めて後に大に戒しむるは止むを得ざる処置なれども、其立腹の理非をも問わず唯恐れて順えとは、婦人は唯是れ男子の奴隷たるに過ぎず、感服す可らざるのみか、末段に女は夫を以て天とす云々・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ もうむずかしいと思えばこそ達はその病的な叱責にあまんじて居た。 達は、父の不快の原因をいろいろと考えたけれどもまさか、自分の肉体が、父の感情を害して居るなどとは思いつき様もなかった。 発作的に息子を打って、そのパシッと云ういか・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・と一息に怒鳴ると、発作的に泣き始めた。 禰宜様宮田は、すっかりまごついた。当惑した。 云わなければならないことがたくさん喉元まで込み上げて来ている。 けれども、どうしても言葉にまとまらない。何とか云わなければならないと思う心・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・クリミヤでの激労ですっかり健康を害してイギリスに着いた彼女は、心臓衰弱に襲われ、たえず気絶の発作と全身の衰弱に悩まされた。医師は極力静養を求める。ナイチンゲールにとって、どうして今休養などをとっていられよう。今こそ好機が到来したのだ。鉄は熱・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・まだ美人といえる若さだのに、不幸な結婚生活のために神経質になってしばしば発作をおこす母。ロシアからパリへかえって来たと思うと、もうニイスへ行くために「三十六の手荷物のために死物狂いになるまで私を働かせる」母。「おお! 私は抑えつけられるよう・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・ 彼女はすでに機械的の演技と衝動的の発作から離れた。彼女は自己を支配する。自然を支配する。自己の霊魂を支配する。彼女はもう黒人でもなければ足をもって画くラファエロでもない。真の芸術家である。彼女がある役を勤める時には意志の力によって自己・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫