・・・実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気ある町には必要から生じたものであって、しかも猫の眼の様にかわる領主の奉行、――人民をただ納税義務者とのみ見做して居る位に過ぎぬ戦乱の世の奉行なんどよりは、此の公私中間者の方が、何・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・このような趣向が、果して芸術の正道であるか邪道であるか、それについてはおのずから種々の論議の発生すべきところでありますが、いまはそれに触れず、この不思議な作品の、もう少しさきまで読んでみることに致しましょう。どうしても、この原作者が、目前に・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・圧制や束縛が取りのぞかれたところにはじめて芽生える思想ではなくて、圧制や束縛のリアクションとしてそれらと同時に発生し闘争すべき性質の思想です。よく挙げられる例ですけれども、鳩が或る日、神様にお願いした、『私が飛ぶ時、どうも空気というものが邪・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・小さなブーメラング形の翼の胚芽の代わりにもう日本語で羽根と名のつけられる程度のものが発生している。しかしまだ雌雄の区別が素人目にはどうも判然としない。よく見るとしっぽに近い背面の羽色に濃い黒みがかった縞の見えるのが雄らしく思われるだけである・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・撚りをかけながら左の手を引き退けて行くと、見る見る指頭につまんだ綿の棒の先から細い糸が発生し延びて行く、左の手を伸ばされるだけ伸ばしたところでその手をあげて今できあがっただけの糸を紡錘に通した竹管に巻き取る、そうしておいて再び左手を下げて糸・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・少年時代に上記のごときおとぎ文学や小説戯曲に読みふけっているかたわらで、昆虫の標本を集めたり植物しょくぶつさくようを作ったり、ビールびんで水素を発生させ「歌う炎」を作ろうとして誤って爆発させたり、幻燈器械や電池を作りそこなったりしていたので・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・実例は帝国劇場の建築だけが純西洋風に出来上りながら、いつの間にかその大理石の柱のかげには旧芝居の名残りなる簪屋だの飲食店などが発生繁殖して、遂に厳粛なる劇場の体面を保たせないようにしてしまった。銀座の商店の改良と銀座の街の敷石とは、将来如何・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・道徳的にはかつて『見果てぬ夢』という短篇小説中にも書いた通り、特種の時代とその制度の下に発生した花柳界全体は、最初から明白に虚偽を標榜しているだけに、その中にはかえって虚偽ならざるもののある事を嬉しく思うのであった。つまり正当なる社会の偽善・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・わたくしは芸術が其の発生し、其の発達し来った本国を離れて、気候風土及び人種を異にした境に移された場合、其の芸術の効果と云い或は其の価値と称するものの何たるかを思考しなければならなかった。言を換うれば芸術の完全に鑑賞せられ得べき範囲についてお・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・内から発生した事にならない。拵えものになる。即ちわれわれの方面では、abstraction からは出立されないのです。しからば文学者の作ったものから一つの法則を reduce することはできないかというと、それはできる。しかしそれは作者が自・・・ 夏目漱石 「無題」
出典:青空文庫